雨を染める春の色。

冷たい雨に打たれて、
早春の花がふるえている。

花の色は、
淡紅色(たんこうしょく)。

紅色に白を混ぜた、優しい色。
淡さが増すと、
はかなさが現れる。
空に溶けそうに、
透けてゆく花びらの色。

まだまだ寒いけれど、
三月の雨は「春雨(はるさめ)」。
その、やわらかな響きは、
細く澄んだ雨が、
煙るように降りながら、
街を、人を、優しく
包み込んでくれるような気がする。

景色の中には、ぽつぼつと
淡紅色の花々があり、
どこか暖かみさえ感じられる。

小学校一、二年生の頃だったか、
学期末のこの頃、夕方に強く雨が降り、
まだ学校にいる兄に傘を持って行くように言われた。

学校へのまっすぐの道を歩いていると、
ずぶ濡れになった中学生のお姉さんが前を歩いていた。
知らない人でもあり、
素気なく断られたらどうしよう。
でも、雨はどんどん強くなり、
寒そうに濡れながら歩いている
お姉さんは風邪ひかないだろうか。
…迷った末に
黙って、傘をさしかけた。

お姉さんは、驚きながらも笑顔で
「ありがとう」と言ってくれた。
そして、私の幼馴染のKちゃんの同級生であり、
仲のいい友達なのだと、話してくれた。

何も言えずに黙っている私に
お姉さんは、あれこれと明るく楽しく話を続けた。

けれど、嬉しいのと、恥ずかしいので、
顔を見られず、お姉さんの問いかけに
時々、うん、うんと頷くだけで、
うつむいて小さく笑うのが精一杯だった。

傘の下では、これまで嗅いだことのない
雨を含んだ制服の匂いがした。
大人でもない、けれど、自分たちのような
子供でもない、お姉さん。
遠くの美しい景色を眺めるような憧れを感じた。

学校近くの角まで来ると、
「ここから走って帰るわ、ありがとう」
と、お姉さんは、バイバイ! と手を振って
颯爽と駆け抜けて、雨の向こうに消えて行った。
「さいならぁ」と
言った記憶もない。

雨と汗と、ほんのり甘さと、
かぐわしいお姉さんの香りが
傘の半分に残っていた。

学校に着くと、まだ咲いていない桜の木が
雨の中で満開のごとく淡紅色に膨らんでいる気がした。

色も匂いも淡く、つかめない。
どこからかやってきて、
気づけば季節が春に変わっている。
その、かすかな空気の変化を
初めて感じた時かもしれない。

「はかない」という言葉も知らなかったけれど、
春の雨は、淡く優しい色に染まる記憶を
思いがけず与えてくれた。

それは、幾つになっても、
憧れとして胸に残っていて、
春雨の中を歩く時、ほんのりと心弾ませてくれる。

春がやって来る。