おなかの中で、光る珠。

どんよりとした気分の時、
一瞬にして世界の色が変わった。
そんな出会いはないだろうか?

魚肚白(ぎょとはく)色は、
青みがかった明るい灰色。
魚の肚(胃袋)の色に似ていることから
この名がついたという。

関東に引っ越してきて、
仕事を始めたばかりの頃のこと。
東京の電車の数に面食らいながら、
お客様のところへ向かう車内。

電車は間違っていないか、
無事に目的地に着けるのか、
何より、仕事はうまくいくのか。
不安と気の重さで、うつむいていた。

あれは、中央線だったと思う。
乗り換えて、空いた席に座り、
やれやれ…と顔を上げると
向かいの席に、
あれ?
この世にはいない、父がいる!?

窓から射す、午後の陽射しと
空の淡い青が溶けた
魚肚白色の光の中に、
父が座っていたのだ。

その人も、私を見て驚いてる。
お互い「あっ!」と声が出た。

父にそっくりの人は、父の兄、
横浜在住の伯父だった。
あまりの偶然に驚きながら、
伯父は隣の席に移動して、
しばし近況を語った。

数年ぶりに会った伯父は、
思ったよりずっと父に似ていた。

懐かしく、嬉しく、
心がほどけるひとときだった。
暗く、重い表情の私に
空から父が、ヒョイっと伯父を
よこしてくれた。
そんな優しいイタズラに思われた。

入社一年目の夏の終わり。
仕事がうまくいかず、
その日も深夜まで残業。
ヘトヘトになって、
憂鬱になって、電車に揺られていた。

誰もが疲れ果てている車内。
最寄り駅まで、まだだなぁ…と
顔を上げると、学生時代の先輩が
今まさに降りようとドア近くに立っていた。

私の、はっ! とした気配に
気づいてくれて、先輩は、笑いながら
おいでおいで、と手招きして
いっしょに降りようと誘ってくれた。

ホームのベンチに座って、
なんという事もない、近況を話す。
こぼれる弱音に、学生時代と変わりなく
笑い飛ばされた。

それだけで楽しくて、
無邪気な自分に戻り、
大きな声で笑っていた。

程なく、終電が黒い夜の中を
ほんのりと青白い光でホームを照らし
入ってきた。

それじゃあ、また。

と、学生のように別れた。
職場も遠いのに、たまたま同じ電車の
同じ車両に乗っていたという偶然。

疲れも吹き飛ぶ
驚きと嬉しさだった。
その数分の語らいのおかげで、
さて、明日も頑張るか!
と、力が湧いたのを覚えている。

これも、
父なのか、神様なのか、
遠い空の上から
見守ってくれている誰かの
優しい贈り物のように思えたひとときだった。

日々、瑣末なことに追われて過ごす自分は
とても小さな点だけれど、
時に視点を
うんと空高く、遠いところへ飛ばしてみる。
神の視点で世界を見下ろす。

あの人があそこにいて、
この人はそっちにいて、
自分がここにいる。
その小さくて大切な点を、
ひょいとつまんで会わせることができたら、
どんな喜びが生まれるだろう。

自分の未来を思い描いて、
喜びあふれる瞬間をデザインする。

今は、動けない点でいることが
少しつらい時もあるから、
心だけは、広い世界を見おろしてみよう。
ワクワクしながら想像しよう。

魚肚白色を調べていて、
「南総里見八犬伝」のエピソードを見つけた。

「仁・義・礼・智・信・孝・悌」
それぞれの文字の珠をもった
八人の若者の物語。
その中で、釣った鯛の肚から
「信」の珠が現れる。

「肚(はら)」には、
「表に表さず心に思うこと」
の意味もある。

肚に「信」の珠を持つ。
窓から入る光のような、
暗闇に光るヘッドライトのような。

未来を、
自分の健やかさを、信じる。
それでも、心が弱った時は、
思いがけず与えられた嬉しい瞬間を
思い出しみよう。

嬉しい記憶は光になって
「信」じる尊さの珠を輝かせてくれる。
生きていくことは、光の珠をつなげること。
小さくても、キラリ光る珠をつなげて
生きていこう。

そう肚を決めることが
明日につながる気がする。

ちぐさにもの思う、年の始まり。

今年の恵方は南南東。
初詣は、車で都内の静かな神社へ出かけた。

千草色(ちぐさいろ)は、深く渋い青緑色。

千草色は、同じ読み方の
「千種色」と表記されることもある。
千種には、
「いろいろな、さまざまな」の意味があり、
千草は、
「いろいろな種類の草」の意味を持つ。

千草はもともと「露草」の別称とも言われ、
露草の色である空色に近い藍色をさす場合がある。

人混みを避け、
お参りを終えたあと、
あたりを歩いてみた。

休日のオフィス街は、ひと気なく、
異次元に転がり込んだような
不思議な感覚になる。

色をなくしたような静けさに
心も、しんとなる。

いつものお正月休みの光景なのに、
今年は少し色合いがちがう気がした。

また、ここに人が帰ってきて
いつもの日常が戻るのだろうか
という不安な空気を感じた。

さらに、
コロナ、コロナの毎日に
心も少し疲れていて、
広い通りに人がいないと
寂しいどころか、ほっとする自分がいる。

人のいる景色を撮るのが
何より好きだったのに、
出歩くこと、人のいる景色に身を置くことが
悪いことをしているように感じられる今。

こんな未来は想像していなかった。

誰も歩いていないオフィス街は、
それでも人の気配がする。
道にも建物にも
使い込まれたものの持つ空気を放っている。
静かでも、人々の手に足に馴染んだ
いろいろな色彩があちこちに見られる。

花も咲いている。
誰も通らない横断歩道も
きちんと赤、青、黄色と
色を変えている。

千草なる色の景色は
変わらないのだ。

今は、楽しい予定も考えられないし、
新年の希望にも満ちた抱負を語るのも
少しためらわれる。

けれど、日々の中にさりげない笑いは
きっとあるし、
制限された日々の中にも
楽しみも生まれる。
生み出すこともできるはずだ。

一年の始まりに、
明るい光を探してみよう。

休みが明けたら、
さまざまな物事が始まる。

どんな中でも、風は流れ、
季節は巡り、人も動き、生活はまわっていく。

今はできないことが多くても、
安全確認して、気をつけながら
千草色の信号を注意して渡るように過ごす。

光の中にいよう。
光の中にいられれば、
そこにある色に気づくことができる。

光が見えない日には、
うつむいてもいい。
そこには、きっと、
かわいい花がこちらを見つめている。
「負けずに咲こう」と笑っている。

流れつづける糸のように。

今年は二度、
滝を撮りに行った。
勢いのある水が、
段差のある下へと落ちて流れる。
その姿は、
汚れのない白い絹糸が、
まっすぐに、時に風に煽られながら
美しい流れを作っているように見えた。

生絹(すずし)の色は、
白い絹糸の色。
生絹(すずし)とは、まだ練らないままの絹糸、
生糸(きいと)のことをいう。

滝を見るのが好きだ。
変わらないように見えて、
実は一滴たりとも、
同じ水が同じ場所に流れていない。

勢いがあって、清冽で、
眺めているこちらの心の中の
澱までも流されていくような思いになる。

つらいニュースに心が重くなった日には、
勢いよく流れる滝を思い出す。
嬉しいことがあった日には、
光を浴びて輝く流れを思い描く。

滝を見つめていると、
自分はここから湧き出て、
この下に落ちてゆくのだ。
という強い意志を感じる。

どんな邪魔が入ろうとも、
突き進んでみせる勇姿にも似て。

続けていくことで、汚れ、濁ることもある。
けれど、次々に湧いてくるものが清らかであれば、
それらは洗い流される。

流れていた生絹(すずし)は、
激流に呑まれ、時間に揉まれ、
やがてしなやかな絹糸になって、
遠くの川や、海を、
空の色に似た
美しい絹織物にしてくれるのかもしれない。

今年は、時間も暦も季節までもが
勢いよく、流れ去って行った気がする。
光や水のようにつかんだつもりが、
何もつかめなていなかったような悔しさもある。

それでも、その中で、
始めたこと、愚鈍に続けたことがあった。

その一つが、
体力の低下を感じて始めた、筋トレ体操だ。
もともと身体を動かすことは苦手だった。
筋肉痛があったり、ちょっと体がだるい日など
やめたいな、という日もあった。
けれど続けていくうちに、
体力、筋力がついてきて、
あれを頑張ってる私なら大丈夫。
と、自信が持てるようになった。

それだけではない。
苦手なことを続けられる
自分への信頼ができた。

始めた当初は、
足も腕も思うような形にならない、
弱々しい筋力だった。
でも、今できることをやる。
続けてみる。
期待も落胆もなく、無理はせず。

すると、少しずつ、できるようになる。
身体が、心持ちが変わっていく。

それは、カメラを始めた時に感じた
自分にだけわかる小さな成長にも似ていた。

続けないと、行けないところがある。

今は小さな水滴にしか見えないこと。
それがいつか、少しずつ水量を増やし、
勢いを増して、やがて何かを起こすかもしれない。

今、ここには見えない、
遠いところ、遠い先の時間へ。
その景色を想像すると、広大さに圧倒されながら
ゆったりとした安心感に満たされる。

今日決めたこと、
今日行ったことは、
明日につながっていく。
やめないでいこう。

今は見えない未来は、
どこに流れていくのだろう。
どこに流れるとしても、
機嫌よく、明るくいられますように。

いろんな不安も心配も抱えたままでいい。
弛まなく流れていこう。

生絹の糸のように、
白く、強く、しなやかに。

ほっと、あたためてくれる色。

師走に入ると、
ツリーにサンタ、ポインセチア、と
赤い色があちこちで煌めいて、
街は一気にクリスマスムードが高まる。

洋紅色(ようこうしょく)は、
深く鮮やかな紅赤色。
江戸後期に西洋から伝わった色で、
別名は「洋紅(ようべに)」、
洋名は「カーマイン」という。

子供の頃、毎年クリスマスの時期に
アイスケーキをくださる方がいた。
そろそろ来られるかな?
という頃になると、
サンタの贈り物を待つようにして、
冷蔵庫のスペースを確保していた。

ある年、その方の贈り物を
慎重に冷蔵庫から出してきて
家族みんなで、さぁ、ケーキだ!
と、箱を開けたら
なんと、3段重ねの赤いボウルが出てきた。

がっかり…ではなく、大笑い。
ケーキとほぼ同じサイズ、重さの
しっかり冷えたボウルを
テーブルの真ん中に置いてみた。

選ぶのに苦心されただろうなぁ
と感心する父、
確認もせず冷蔵庫に入れた私、
楽しみにしていた兄と母。
ケーキはなかったけれど、
その年が、一番笑った
家族のクリスマスの思い出となっている。

実家を離れた短大二年の年末、
バイトの帰りが遅くなる予定の日、
下宿の門限十時に間に合わないので
友達のところに泊めてもらう約束をしていた。

携帯電話もなく、
下宿に電話もなかった時代。
深夜、友達の部屋の扉を開けると、
いるとは思わなかった四人の友達が
「遅い~っ!!」
と現れた。

酔って、眠そうにしながら
バタバタと冷蔵庫からケーキを出してきて
誕生日おめでとう!
と、ローソクをたてて祝ってくれた。

泥酔の一人が、
おめでとう!
と、抱きついてきたけれど、
千鳥足で、部屋の隅にあった
ゴキブリホイホイを踏んでしまい
大騒ぎになった。
その光景は、今思い出しても、
吹き出してしまう。

酔った仲間たちが眠ったあと、
部屋の主の友人と、
ケーキを食べながらおしゃべりをした。

集まってくれた四人は皆、
明日から帰省する。
私が今夜ここに泊まると知って、
こっそりパーティーを企画してくれたらしい。
それなのに、
待てど暮らせで帰らぬ私にしびれを切らし、
ちょっとだけ…と
呑んでいるうちに、
すっかり酔っ払ってしまったのだという。

寒い夜だった。
小さなこたつの中で
足がぶつかり、絡まりながら
眠っている楽しい仲間。
まだカーマイン色の口紅も似合わない
若さが、こたつの温もりで頬を染めていた。
全てがあたたかく、嬉しかった。

プランは完璧にいかなかったけれど、
クリスマスというと、あのドアを開けた瞬間の
驚きと喜びを思い出す。

予定通りに行くのが
大成功とは限らない。

今年は、
色んなことが思い通りにいかない一年だった。
けれど、そんな中にも思いがけない笑いはあって、
心をあたためてくれた日もあった。

先行きに灯りが見えない時は、
そんな瞬間や、遠い昔に笑ったことなど思い出す。

愛すべきことを見つけてみよう。

クリスマスのデコレーションの色は
景色を華やかにしてくれる洋紅色。
心に明かりを灯す暖かい色だ。

こんな時こそ、楽しめる瞬間を大切にしたい。
とびきりの笑顔で
まわりを明るくして、素敵な思い出にしたい。

どんな時も、必ずクリスマスはやってくるのだから。

秋めいて、あきらめる色。

山粧う秋の景色を
観に出かけた。
目に眩しい、盛りの紅葉を
捉えることはできなかったけれど、
色とりどりの秋の葉の美しさを堪能した。

黄丹(おうに)色は、
鮮やかな赤みの橙色。

「黄丹」は昇る朝日の色とされ
皇太子の位の色を表し、
儀式に着用する束帯装束の
袍(ほう)の色とされている。

平成から令和への
皇位継承儀式でも目にした
「絶対禁色」である。

この秋は、気楽にあちこちと
出かけられないこともあり、
ネットやテレビで
葉の色づき加減を確認して
出かけた。
けれど、慎重になりすぎたあまり、
早すぎたり、遅すぎたりして、
期待した色鮮やかな紅葉に、
うまく出会うことができなかった。

これも、今年らしい出来事かもしれない。
そう思いながら、目にする秋の葉を
愉しんだ。

秋の葉の色づきは、
好天ならば眩しく嬉しいものなのに、
雨の日や曇天になると、
うら淋しい眺めになる。

また桜のように一気に散ることなく
枯れたまま木の枝に残っている姿、
散り敷かれた落ち葉の褪せた色合いも、
間に合わなかった寂しさの色が
濃くなる気がする。

間に合わなかった…と
あきらめるしかないのだけれど。

秋のあきらめ。
と、思いながら、スマホを出して
「あきらめる」という言葉を検索してみた。

「あきらめる」は、
「諦める」と書き、
「仕方ないと断念したり、
 悪い状態を受け入れること」
という意味がある。

けれど、もうひとつ。
「明らめる」
と書く言葉があるのを知った。
この「あきらめる」は、
「明るくさせる」という意味。
まるで明暗逆のようなこの言葉を、
私は今まで知らなかった。

枯れそうになった葉が
ぽっと色づいたような、
花咲か爺ならぬ
明らめ婆の気分になった。

言葉ひとつで、目の前の世界の
色は変わる。

紅葉に間に合わなかった伊香保では、
遠くに雪をかぶった山が見えた。
冬が近づいている。

気がつくと、十一月も残りわずか。
黄丹色の袍に、いにしえの時を想う
皇室行事を見ることのできた
令和二年。
ざわざわとして、ひと月ひと月が
表面をなで走るように過ぎていった気もする。

それでも、この一年の日々で
令和という新しい元号が
ゆっくりと、身に、心に馴染んだ気がする。

コロナだ、自粛だ、新生活だ、と、
馴れないこともあったけれど、
心をならし、ざわめきを抑えながら
それらとも共に暮らすよう
自分なりに努めてきたと思う。

紅葉を眺めていると、
ぽとり、ぽとり、と葉が散り落ちる音が
聞こえてきた。

木の葉が盛んの落ちるのを
時雨にたとえた、
「木の葉時雨(しぐれ)」
という季語がある。

木を、土を慈しむ、優しい雨が、
秋の名残りを知らせる葉書のように
落ちてゆく。
古い葉を落として、土にかえり、
栄養になって、新しい命を育む準備が
もう始まっている。

物言わぬ自然が、
その姿で、あり方で、今やっていることに
何ひとつ無駄はないのだと、励ましてくれる。

焦るな、焦るな、と、
自然はおおらかに包み込んでくれる。
諦めないで、明らめながら、
この秋の道を進んでいこう。

いと・ころーるを求めて。

秩父銘仙館へ行った。
これまで着物は色々
見てきたつもりでいたけれど、
銘仙という織物は、
ちゃんと見たことがなかった。

銘仙が作られる工程、道具の
展示を見てまわる。
大正から昭和初期の意匠も
たくさん見られ、レトロな気分に浸った。

あれこれと違いはありながらも、
気がつけば、そこに
丹後ちりめんの作られる工程を
重ねて見ていた。

私は「機(はた)屋の娘」だった。
父は糸の整経をし、
母が主に機を織っていた。

私にも家業の手伝いがいくつかあった。
束ねられ、固い紙に包まれた
絹糸の荷をほどくこと。
杼(ひ)に入れる緯糸を巻く管巻き。
縦糸を整経するための糸の配置。
織物業の家ならではの、
子どもの仕事だった。

自分の記憶の中でも、
もう薄ぼんやりとなっていたそれらの作業を、
展示を見ながら、
生き生きと思い出していた。

丹後ちりめんは、銘仙と異なり、
白生地を織る。
なので、色のついた糸を見ると、
「ちがう、これじゃない」
…そう思うのだけれど、
管巻きの機械や整経機を見ると、
懐かしかった。

糸、織物に関わるものは
すべて慕わしいのだと気づく。

銘仙館の中には、藍染のために
藍が建ててあった。
全く別のものではあるのだけれど、
我が家では土間に大きな桶を置いて
糸が染料につけられていたのを
思い出した。
夏は、水が腐ったような臭いがして
嫌だった。
糸が全体に浸かるように作業する
父の爪は、藍染の職人のように
青く染まっていた。

母が織ったちりめん。
それらを収納されていたロッカーを
開けると、ごわついた絹織物独特の匂いがした。

織機の縦糸も懐かしい。
銘仙は縦糸が1300~1600本ほど。
一方、丹後ちりめんは3800本ほどあるという。

この経糸を新しいロールの糸に
交換するときに、古い糸と継ぐ作業がある。
実家では、この手作業をする人を
「経継ぎ(たてつなぎ)さん」と呼んでいた。

機(はた)を止めたあとに、たてつなぎさんは
二人一組でやってきて、夜遅くまでの作業にかかる。

電気を消した暗い工場に、
作業中の機のところだけ電気がついている。
二人のおばさんが
静かに話しながら、手を休めることなく
糸を一本、一本つないでいく。

夜九時過ぎにお茶菓子を持っていく。
蛍光灯の下、白い絹糸が反射して、
おばさんたちのいるところだけ、
パーッと光るように見えた。

二、三時間ほどかかっただろうか。
深夜になって、作業の終わりを告げて
たてつなぎさんは静かに帰られる。
「おおきにぃ」とお礼を言って、
工場の電気を消す。

真っ暗な中でも、
繋がれた糸は、まだ白く光っているように見えた。

色とりどりの銘仙を見ながら、
白く光るような糸や、ちりめんを思い出していた。

結局、着物を着こなすこともできず、
和装と関わりのない暮らしの中でも、
白い絹糸は、自分の中に存在していると
改めて思った。

染められた糸は、自分の中にはなく、
ただ白い糸だけが流れている。
そして、見た色、出会った色を
その糸に着色し、名前を見つけ、
言葉にしてきたのだった。

それは、絹のように
しなやかで光沢のあるものなのか、
木綿のように素朴で強いものであるか。
まだ、私にもわからない。

いと、と、いろ(ころーる)。
これからも見えない糸に導かれ、
出会うものを撮り、言葉を紡いでいこう。

白い糸で結ばれた縁を
大切に結び、
私の目で、想いで、
好きな色に染めていくのだ。

さようならば、秋の色。

秋が深まり、
紅葉だよりなど聞かれるようになった。
冷え込む朝は、寒さよりも
葉の色づきが気になって仕方ない。

藤黄(とうおう)色は、
鮮やかな黄色。
採取される植物の顔料「藤黄」から
この名がついたという。

「イチョウ並木が鮮やかに色づいています」
という情報に、いてもたってもいられずに、
秩父を訪れた。

当日は、「雨ときどき曇り」予報。
けれど、目的地にたどり着いた時は、
笑ってしまうほどの土砂降り。
激しい雨の中、
誰もいないイチョウ並木を
ずぶ濡れになりながら撮って歩いた。

雨に煙る景色の中では、
やわらかな黄色に見える並木道。
膝から下が重くなるほど濡れながら、
近づいてよく見ると、葉はまだ若い黄色。
雨にぬれることも楽しむように
キラキラと輝いている。

雨の重さを、ときどき振り払うように、
パーンと弾けて水しぶきあげる葉っぱたち。
溌剌とした瑞々しい命の輝きを見た。

その眩しい色は、
華やかに見えながらも、
落ち着いた日本の秋景色の色。
藤黄色は、古くから日本画の絵の具、
工芸品の塗色として珍重されてきた
和の色だ。

並木道の木々を包む、
たっぷりとした藤黄色の葉は、
時にハラハラと落ちていく一枚一枚に、
「さようなら」
と、手を振るように見送っている。

いつか、自分も落ちてゆくことを
知りながら、やさしく見守るように。

「さようなら」の言葉は、
「それなら」「それでは」
という接続語から来ているらしい。
“さようならば(それならば)、これで別れましょう”
から生まれた言葉という。
時が満ちて、枯れてゆく。
それでは、これで。
と、落ちてゆく。

人も木々の葉も同じなのだなぁ。

若い頃は、老いることなど思いもせず、
その姿や動きは、自分には関係ないものと
思っていたようなところがあった。
枯葉になって落ちていくのを
無邪気にバイバーイ! と
手を振ってしまうような。

さまざまな色のイチョウが見られる
その並木道は長く続いていて、
時に汽車型の園内周遊バスがやってくる。

遠足の子供たちが傘さして進む。
雨の中も楽しそうに賑やかに。

それを見守る優しい老人のように、
ゆっくりと注意深く、
誰も乗せずに、寂しそうに去ってゆくバス。

おそらく今年はオープンしなかった
バーベキュー場やレストランも
引越しのあとのように
しんとしている。

静かな夏が過ぎて、
さみしい秋が来て、
やがて身も縮む寒さの冬がくる。

来月末にはもう、
今は藤黄色に輝く葉も落ちて、
景色は全く変わっているだろう。
うらがれたイチョウ並木の光景に
この秋の景色を懐かしく思い出す人は
いるだろうか。

毎年、季節や自然の色に
「それならば、これで。」
と、別れを告げて来たのに、
今年はそれも言えなかったような
あっけないような寂しさが胸にある。

いつも通りのようで
全く異なる2020年の秋。
せめて彩りだけでも
いつもよりうんと鮮やかであるように願う。

冷たい風の中、
その願いだけは叶えられそうな気がしている。

実りのときの色。

二ヶ月ぶりに撮りに行った。
景色が驚くほどに秋めいて、
彩り豊かになっていた。
濃く深く、鮮やかにして優しい秋の色。

仏手柑(ぶしゅかん)色は、
深く渋い緑色。
仏手柑(ぶしゅかん)とは
シトロンの一種。
調べてみると、
高知の四万十で栽培されている果実、
「ぶしゅかん」の色が
この色に近いと思った。

十月になった。
暑さの余韻があるように、
夏の名残が、まだあちこちにあると思っていた。

けれど自然は、
季節の変化を察知し、色を変えていた。
秋という字は、「実り」、
そして、大切な「とき」を意味する。

大切に育ててきた稲や果実がなる
実りの「秋(とき)」。
収穫のとき、喜びの季節だ。

外出自粛、ソーシャルディスタンス、イベント中止…
そんな世の中の動きの中でも
時が満ちたら、こんなふうに花が咲き、
稲が実り、景色が色づく。
もちろん、そこには丹精する人がいて、
日々世話をし、作業を行い、秋の姿へと導いてくれたのだ。
その尊さを、改めて感じた。

どんな時も、暦に従い、
やるべきことをやり、積み重ねていくこと。
その厳しさ、大変さを経たから
喜びの時がやってきたのだ。

秋の彩りは眩しく、美しい姿で、
そのことを教えてくれた。
振り返って、自分はこの数ヶ月、
きちんと成すべきことをやってきただろうか。
こんな時だから…と、言い訳をして
怠けてはいなかっただろうか。

その答えは自分で出さなくても、
「実り」として結果に現れる。
稲穂が重く頭を垂れているように
自分の中で積み重ねてきたものがあれば、
どっしりと肚の奥に感じられるものがあるはずだ。

景色をじっと眺めながら、
自分自身も見つめていた。
手応えは、とても頼りないものだった。

仏手柑(ぶしゅかん)色を探して
見つけた高知の「ぶしゅかん」。
その果実について調べているうちに、
五年前に高知を訪れた時のことを思い出した。

荒々しく雄大な桂浜、
可愛らしいはりまや橋、
のどかな山寺からついてきた猫…。
操作も構図もよくわからないまま、
目にするものを撮っていた。

今見ると、あぁ、せっかくの景色を…
と悔やまれ、再び訪れることができたら
どんなふうに撮るだろうかと
写真を眺めていた。

そして、「あ!」と気づいた。
カメラを変えて、たくさん撮って、
失敗を重ね、五年の月日がたった。
ささやかな前進らしきものもあり、
なにより撮ることを楽しめるようになり、
人生が豊かになった。
それは実りなのだろう。
そう思うと、喜びが胸に満ちた。

仏手柑色は、春の新緑とも違う
鮮やかにして、優しく包み込むような緑色。
雨風や厳しい暑さを越えた
花や田の実りの色を輝かせる、
ときめく色。

ときめくは「時めく」とも書き、
「よい時勢にめぐりあって栄えること」という意味を持つ。
かつての日常が戻るには、
もう少し時間がかかりそうだけれど、
いつかまた、きっと、時めく時は、やって来る。

あれから一年か…
もう五年も経ったのか…と、
思い出は、先の見えない現実から、
心を遠いところまで羽ばたかせてくれることがある。

秋を楽しもう。
また未来のどこかで、懐かしく思い出せるような
素晴らしい秋(とき)にしよう。

消えない炎の色。

手紙が好きだった。
中学、高校生の時は、帰ったらまず、
郵便受けを見るのが楽しみだった。
赤く四角い箱型の。
それを開けるとき、私の顔も紅く染まっていたと思う。

真朱(しんしゅ)色は、少し黒味のある赤色。
色名につく「真」は
「混じりもののない自然のままの朱である」という
意味を持つ。

中学の時、友人の紹介で
福岡の男の子と文通することになった。

最初の手紙を郵便受けに見つけた時は、
甘い秘密を持ったようで、ドキドキした。
急いで部屋に持ち帰り、
封を開けたのを覚えている。

写真も同封してくれていた。
福岡市内から離れた町の、
田んぼのあぜ道で、直立して写るペンフレンドは
丸刈りにジャージの素朴な少年。
足元がマジックで黒く塗られていたのを
透かして見ると、おじさんのつっかけを
履いていた。

その素朴さに親しみを感じて、
他愛もない話の手紙のやり取りが始まった。

「真朱」は「まそほ」とも読む。
「しんしゅ」と「まそほ」、二つの名前。

遠い町の知らない男の子と文通している、
などと知られたら、怒られる!
そう思って、
差出人の名前を女の子の名前にしてもらった。

「なおき」君を「なおみ」ちゃんに。
二つの名前をうまく使い分けて
互いの学校のこと、友達や勉強のこと、
遠い分だけ、誰に気遣うこともなく、
素直に率直に話していたように思う。

恋人でもボーイフレンドでもなく、
周りのほとんどの人が知らない交友関係、
ペンフレンド。
手紙が届くたびに特別なときめきがあった。

けれど、数ヶ月で突然、
「彼女ができました。ごめんね」
と、文通は終わることになった。
失恋とは違うけれど、
あぁ、私たちは異性だったのだと気づいた。

これまで通りに、彼女の話をしてくれたらいいのに…
と、思ったけれど、なおき君にすれば
彼女に悪いと思ったのかもしれない。

真朱にはこんな万葉のうたがある。

「ま金吹く 丹生(にふ)の ま朱(そほ)の色に出て 言はなくのみぞ我が恋ふらくは」

鉄を精製する真朱色の土のように、色には出さない、言葉にしないけれど。
私は恋い焦がれている…という意味。

恋とは言えなかったけれど、交流をなくしたことの
欠落感を誰にも言えない寂しさがあった。

もう来ないとわかっていても、
手紙を待って、毎日郵便受けを
のぞいていた。

最後の手紙から二年ほど経って、
高校生になったなおき君から、手紙が来た。

「バンドをやっています」という近況に、
モノクロの彼の写真が添えられていた。
見違えるほど大人っぽくなっていた。
いろんなことがあったのだろう。
私もいろんなことがあったよ。

そう思っても、何から書いていいのか
わからなくて、返事は出せなかった。

数年前、福岡を旅した時に、
もしかしたら、どこかですれ違っているかもしれないな。
そう思うと、ほのぼのと愉快な想いになった。

交流は途絶えても、
真朱のポストに手紙を投函するときの
弾む想い。
帰宅して真っ先に郵便受けを見て
手紙を見つけた時の喜びは、消えない。

誰の心の中にも、
秘めた炎のような思い出があって、
ふとしたきっかけでチロチロと燃えたり、
それを懐かしく見つめる時があるのではないだろうか。

レトロなポストは真朱の炎。
「なおみちゃん」は、元気でいるだろうか。

めぐる季節に、変わらない色。

緑に恵まれた町で育った。
海には松並木が見え、
ふりむくと木々繁る山があった。
風のぬくもりや
湿気とともに変わる緑の色合いは
季節の移ろいを教えてくれた。

太陽の光の下で、
陰影濃い夏の緑は、千歳(ちとせ)緑。
春の新緑よりも、暗く、深い緑色だ。
千歳とは、千年のこと。
千年ののちも変わらない緑という意味を表す
縁起の良い色名だ。

それほどたくさんの竹を見た記憶はないけれど、
生まれた地区は“藪ノ後”といって、
竹にちなんだ名だった。
そのあたりの人だけが知る
生家の前の通りは、竹花通りと呼ばれていた。
よそゆきの服で出かけるときは、
近所のおじさんから「お、竹花小町か?」と
声かけられたのも、くすぐったい思い出だ。

小学校に上がる前の
新しい靴を買ってもらった日。
伯母と近所の商店へ行ったところ、
足元ばかり見ていて
伯母とはぐれてしまった。
店の裏手で大泣きしていて、
顔見知りの人が家に連絡をくれたという。
店の名は「まつしまや」。
竹や松の多い町だった。

竹藪はなかったか、というと、
実は、家から少し離れたところにあった。
子供の足では、少しきつい坂道を登った
少し先に。
春の祭りの頃には近所のおじさん達が
筍を掘りに行き、
蜂に刺された、マムシがいたとか
恐ろしい話を聞かされた。
お盆に火の玉を見たという人もあり、
結局、その藪の中に足を踏み入れたことはない。

そんな生まれ育った町に、
今はなかなか帰れない。
訪れるたび、
記憶のかけらが消えていくように
変わってゆく。
けれど、あの竹林を思い出すと、
その町にいた頃の空気や匂いが
鮮明に蘇ってくる。

夏の湿気、夕立の前の不穏な空、
雨の後の土の匂い、
一つ一つが皮膚や鼻腔の奥に
残っていて、
「どこへ行こうと暮らそうと、
 お前はこの地で育ったのだ」
と、呼びかけてくる。

夏は帰省する友人の話を
聞いたり、SNSで見たりするからか、
余計にその声が聞こえてくる気がする。
帰る家もないのに、帰りたい。
これが愛着というものなのかもしれない。

千歳緑の「緑」の文字を
私はよく「えにし」の「縁」と
書き間違える。
千歳に緑のままのもの。
千歳に縁がつながるもの。
故郷の色は千歳緑で、
思い出す人たちと縁を結ぶ。

「秋扇(あきおうぎ)」という言葉がある。
涼しくなると不要になる扇子のように、
夏の盛りが過ぎて、
風を送らなくても良くなる時期のこと言う。
また、それを恋の盛りが過ぎて、
「寵(ちょう)を失った女性」に
たとえることもある。
なんと悲しく、意地悪なたとえか。

夏休みが終わって、
私に郷愁の念を起こす熱も
ゆっくりと冷めて、そろそろ扇子も不要となる。
けれど、愛着は消えず、縁が切れることはない。
千歳緑のように深く濃い想いで
つながっている。

陰暦九月の異称は「色取月(いろどりづき)」。
秋が近い。
変わらぬ緑を背景に、
色美しい季節がゆっくりとやって来る。
故郷にも、今いるこの町にも。