光の中で咲いていた花は。

夏は、サザンオールスターズ。
街には、熱風とともに
BGMのように流れていた。
十代の私も、カセットテープが
擦り切れるほど聴いていた。

木槿色(むくげいろ)は、
明るく渋い紅色。
木槿の花の色だ。

木槿の花が咲くには、まだ早い六月初め、
初夏に咲く、その色の花々を見つけて、
暑い夏の日のことを思い出した。

短大二年の夏、
人生初のライブ体験。
しかも、大好きなサザン!
サザンオールスターズの
大阪球場のライブに行けることになったのだ。

チケットを手配してくれたSちゃんは、
本当はそのライブに彼氏と行く予定だった。
ところが、
夏休み前にケンカをしてしまい、
ピンチヒッターとして、私に声がかかった。

嬉しいけれど、喜ぶ顔をしてはいけない。
Sちゃんも、明るく振る舞おうとしながらも、
顔が笑っていない。

ウキウキしていない二人で
大阪球場に出かけた。

球場前は、想像以上にすごい人いきれだった。
圧倒されながら進んで行くと、
高校時代、憧れていた人を見つけた。
当時の仲間と、変わりない笑顔。
気づかれないように、チラチラ眺めて
通り過ぎた。

席を探していると、今度は、
懐かしい呼び名で声をかけられた。
振り返ると、高校時代、仲の良かったKちゃん。
いつも恋バナなどしていた友達。
卒業以来の再会だった。

中学の同級生の男子も見つけた。
「変わらんねぇ~」と心で語りかけた。

席に戻って、
「懐かしい人に次々と会った。
 なんか、あの世に来たみたい…。」
そうSちゃんに言うと、
「あの世っ…!?」と、苦笑いを浮かべていた。

ライブが始まった!
毎日聴いているサザンが、
目の前に! 同じ場所に!!!

紅く、妖しく、光るステージは、
木槿色の美しい彩り。

満開の花が輝くように
スタジアムが光に揺れる。

場内の興奮はピークに達したけれど、
スタジアムのずーっと後ろの席から見る
ステージ上のサザンは、
豆粒よりも小さくしか見えなかった。

「あ~ぁ、虫眼鏡持ってきたらよかった」
というと
「それをいうなら双眼鏡ね」と、
Sちゃんが貸してくれた。
…やはり、よく見えなかった。

歌声も、遠くに響いて消えて行くような。
こんなものなのかなぁ…。
戸惑いながらも、
せっかくのチャンス、
楽しまなくちゃ損だ!!

と、無理に気持ちを奮い立たせても、
どうにも周りの人と同じようにノレない。
Sちゃんも、彼氏と一緒だったら…と
思っていたのだろう。
あまり楽しそうではなかった。

よその町のお祭りに迷い込んだような
どこか馴染めない気持ちのまま、
ライブは終わった。

想像した喜びや興奮とは少し違ったことに、
しょんぼりしながら帰り道を歩く。

木槿の花は、一日花と言われている。
朝に咲いて、夜にはしぼむ。

ライブもそんな花のよう。
朝は楽しみで元気いっぱい
咲こうとするエネルギーに満ちていたのに、
夜には、すっかり萎れてしまう。

幻想的な色と光に包まれていた時間が
少しずつ遠ざかっていった。

その後、何年もライブには行かなかった。

サザンオールスターズも、
気がつくと、あまり聴かなくなっていた。

すっかり忘れたと思っていたのに、
六月の花々や、
真夏のような熱い風が、
あの日の球場の空気を思い出させくれた。

たまらなく聴きたくなって、
スマホのサブスクリプションで、
サザンを再生してみた。

夕暮れの校舎、体育館の前、
開け放たれた下宿の窓から、
聴こえていたサザンのメロディー。

さまざまな夏のシーンの中、
いつも流れていた。

胸がきゅうっと締め付けられるような
想いがこみあげてきた。

そんな時間を
イキイキと思い出させくれる
音楽があってよかった。

泣いたことも、怒ったことも、
がっかりしたりことさえも、
全部、いい時間だった。

想いが、音楽に流されて次々と蘇る。

涙のリクエストが、聴こえた日。

大阪・梅田の地下街を
スーツ姿で走っていた。
はやる気持ちに蹴り上げられて、
パンプスのヒールがはがれて飛んだ。

山藍摺(やまあいずり)は、灰色がかった青緑色。
山藍(やまあい)という染色植物を、
衣にこすりつける摺(すり)染めから生まれた色だ。

その日は、就職試験の三次面接。
一次面接落ちの連敗続きで、
やっと、三次までこぎつけた大切な日だった。
なのに、遅刻しそうで、大慌て。

なくなったヒールを探す余裕もなく、
全力疾走で面接会場に向かった。
無事に到着し、
片方の高さが違うパンプスで、
まるで透明なヒールがあるかのように
つま先立てて歩き、面接に臨んだ。

不自然さは目にも止められず、
厳しい質問が続いた。

その会社では、営業職しか求められていなかったのに、
私がその会社でやりたいのは、書く仕事。
念を押すように
「本当に営業できますか? 別の業務に就けなくてもやり通せますか?」
と訊かれ、
営業の経験を活かして、将来的には書く仕事に就きたい。
と本音を言った。

面接官は、苦笑いし、ダメだな…と言わんばかりに
下を向いて、首をふっていた。

あ、落とされるな。
と、わかった。
面接を終えた時、ヒールのないことを忘れ、
バランスを崩して、ガクッと片足が低く下がった。
何もかも、カッコ悪くて恥ずかしくて、
苦笑いして、会場を後にした。

ないものを、あるように見せるのは
くたびれる。

その後、ヒールのない靴のまま
ファストフード店の隅の席に着き、
ぼんやりしていた。
ふと、テーブルに目をやると、
「フミヤくん、22歳のお誕生日おめでとう」
と、油性ペンで書かれたメッセージ。

おそらく、当時、大人気だったアーティストの誕生日を
祝う言葉だったのだろう。

「ここには、ちゃんと愛があるなぁ」
と、思った。
本人に届かなくても、伝えたくてたまらない、
書かずにいられなかった、心の奥底から声。

熱っぽく強い、
その人の想いが確かにある。

これだ!
と、思った。

心の中にある、強くて熱いもの。
それは、目には見えなくても、
きっと、人に伝わる。

また、それがなければ、
どんなに言葉を並べても、
空虚な響きになって、
どこにも届かず、色もなく、消えてゆく…。

さて、
私が面接で語った言葉に、
その強い気持ちはあっただろうか。

連敗に次ぐ連敗で、
とにかく入社できればいい…
そう思って、面接官に気に入ってもらえる
答えばかりを探していた。

そんな薄っぺらな考えを見透かされ、
問い詰められて、本音を言ってしまったのだ。
熱意もなく、
ごまかした心の裏にある気持ちを。

用意しておくべきは、
気に入られるような言葉ではなかった。

青摺(あおずり)と言われた、
山藍の摺染めは、
色の留まりも悪く、薄く染めることしか
できなかった。
それでも、神事などには用いられ、
その色が伝承されてきたという。

はかなくも、葉のもつ色を精一杯染めようと
色を出す山藍。
いつか消えるとわかっていても、
愛される色。

卒業しても、実家には帰らずに、
自分のやりたい仕事をします。

そう両親に言って、大阪に向かう日、
未来への期待を胸いっぱいに
列車に揺られた日のことを
思い出した。

当時の私は、
自分が何色を持っているのかもわからなかった。
両親に大口をたたいてみたものの、
さて、何ができるのか。

ただ、人に会い、ことに当たって、ものを知り、
染めたり、染められたりして
過ごした日々を、生かせる仕事に就きたいと
思っていた。

あれこれ思い出すと、摺染めで
染められて行くように自分の色が見えてきた。

ずっと書くことが好きだった。
それは、淡くても消えなかった、
確かにある色、だった。

愛されるのかはわからない。
けれど、愛されたい、自分の色。

それを仕事にしたいと
決めたはずだったのに、
面接対策ばかりで
すっかり忘れていたことに気づいたのだった。

あの日、無くしたヒールは、小さな点となって
私の心に色を落としてくれた。

想いが色褪せる日には、
「お前も、ないと困る存在になってみよ!」
そんな励ましの声が、
どこか遠くから聞こえてくる。

「あけ」てと願う、熱い色。

JR池袋駅の改札を出て、
子供の頃、年末年始にデパートが
休みだったことを思い出した。

真緋(あけ)色は、鮮やかな黄みの赤色をさす。
「あけ」とは「あか」と同じ意味。
天平時代より、
僧侶の袈裟の色としては
紫につぐ高い位を表していたという。

いつもなら、改札を出ると
買い物客や乗り換えの人々で
賑やかな駅構内。

その日は緊急事態宣言下で、
デパートは
食品売り場のみ営業中という日だった。
いつもの人混み、活気はなく、
どこか、しんとした寂しさが
漂っていた。

とりたてて用がなくても、
ちょっと寄りたい。
デパートは子供の頃から憧れで、
居心地のいい大好きな空間。

デパートのない街に育ったので、
京都市内の祖母のところに行く時は、
よそゆきの服を着て、
連れて行ってもらうことが楽しみだった。

遠くからも見える看板、
店員さんの口紅、スカーフなど
チラチラと目に入る赤い色が
鮮やかで、心ときめいた。

大食堂で、子供ながらに気取って飲んだ
ミックスジュース。
なんでも好きなものを食べていいよ、
と言われて
「すうどん!」と応えて
祖母を困らせたこと。
なにげないことも、特別に楽しく
きらめいて思い出される。

中学一年の夏。
初めて、従姉妹と二人だけで
デパートへ出かけた。

文房具くらいしか買えなかったけれど、
あちこち自由に見てまわるのが、
とても嬉しかった。
あまりに興奮しすぎて、帰りのバスを
乗り間違えたほど。
日盛りの中、
汗だくで歩いて帰った。

大人になったら、デパートで
自由に買い物できる!
そう思っていたけれど、
安サラリーの一人暮らしでは
とても、好きなものを買う余裕はなかった。
忙しくて、行く暇すらもない毎日。

ある日、仕事からの帰り、
寝不足でふらふらと
デパートの前を歩いていた。
化粧品のサンプルを配っていた店員さんに
「肌荒れがひどいですね」
と、声かけられた。

確かに、手入れも疎かにしていて、
触った肌の感触がザラついていることが
気になっていた。
自分に優しくしたい…
そんな気持ちもあって、勧められるままに
売り場カウンターの椅子に腰掛けていた。

うっとりするほど美しい店員さんに、
スティック状のクリームを
目の下に丁寧に塗ってもらう。
ほ~っ…と、ひと息。
ささやかな贅沢気分。
塗られた部分から、
栄養分がじわじわと、
肌に心に沁みてくる気がした。

デパートで化粧品など
買ったこともなかったけれど、
大人の女性として扱われる、ていねいな接客に
小さな感動を覚え、思い切って購入した。

口紅のような形をしたアイクリームは、
真緋(あけ)のリボンでくくる、
黒いサテンの小さな巾着袋に入れて渡された。

プレゼントを自分に贈るような
喜びが胸に広がった。

疲れてヘトヘトだったのに、
デパートを出るとき、心が浮き立っていた。

おもちゃにお菓子に洋服、
お子様セットに甘いジュース…。
デパートは、
いつだってウキウキとする時間やものがあり、
華やかな気持ちにさせてくれる場所だった。

旅に出ると、その土地のデパートに行く。
聞こえるその土地の方言に
旅心がぐっと昂まる。

食品売り場では、その土地の美味しいものを
教えてくれる会話がある。
話すこと、迷うこと、買うこと…
それがこんなに楽しいこととは、気づいていなかった。

かつてあった当たり前の日常が、
今、とても恋しい。
こんな窮屈で苦しい日々が、
早くあけますように。

真緋(あけ)の色を調べていて、
赤(アカ)は「夜が明ける」の「アク」から
生まれた語であるという説を見つけた。
ならば、「アケ」には強い願いを感じる。

色鮮やかな商品が並ぶ店内を、
あちこちのんびりと見てまわる。
喜びに上気した笑顔は、
真緋(あけ)の色に見えるだろう。

そんな日々が近い将来、またやって来る。
強く信じ、祈る。

走りつづけて見つける色。

中学の時、
十キロ近い距離を走る
マラソン大会があった。
近くの山からスタートして
ゴールは学校。
クネクネ曲がる山道を
走る、苦しい行事だった。

薄花(うすはな)色は、
明るくうすい青紫色。
花色」の薄い色として、
その名がつけられた。

運動は全体的にダメだった。
球技も、リレーも、水泳も、
クラスの足手まといになり、
体育の時間は憂鬱だった。

しかし、マラソン大会は個人戦。
黙々と走っていれば、
目立つことなくゴールできる。
少しほっとする競技だった。

すっすっ、はっはっ。
吸って吸って、吐いて吐いての
呼吸で、山の中を走る。

ほぼ同じペースで走る友人と
二人で走った。
全校生徒、六百人近くいただろうか。
学年別、男女別、
何組かに分かれてスタートする。

大勢でスタートするけれど
長い山道のコースでは、
時々、迷ったかのように
人がいなくなる時がある。

それが心細い時もあり、
伴走してくれる友人が
いてくれると安心した。

きっと、速い人は、トップを目指し、
誰にも負けまい、抜かれまい、と
気を抜くことなく、全力で走っているのだろう。

私は、完走を目指すだけ。
遅くなりすぎぬよう走り抜きたい。

それでも途中、
上り道の辛さに、歩きたくなる。
伴走してくれる友人に
「先に行って」と、歩き出す。

しばらく行くと、友人が
待っていてくれる姿を見つけ、
スピードあげて、走る。

後からスタートした人たちに
勢いよく追い抜かれていく。

「ほら、頑張って!」と
明るく声かけてくれる先輩たち。
その言葉に力づけてもらいながら
歩きたいのを堪えて走る。

下りの道は、転倒に注意。
勢いがつき過ぎると、
人にぶつかることもある。

とにかく、マイペースで走る。
抜かれても、焦らない。
すっすっはっは、の呼吸を続ける。

走ることに慣れてきて、
ほんの少し、ラクになった時、
空を見上げてみる。

木々の間からのぞく空は
遠く、高く、
薄花色のやさしい空の色だった。

その色は、雲に隠れ、透かされ、
青い色が、淡くやわらかく変わってゆく。

つかめそうでつかめない
遥かかなたの色だった。

再び、辺りに視界を戻すと、
後から来た人たちが、
次々に、追い抜いていく。

気になっていた人が後ろからやって来た。

あ! と思う暇もなく、
その人は走り過ぎ、
前方を走っていた、可愛い女の子に
話しかけ、
またスピードあげて駆けていった。

勝ち目ないよなぁ…と、
苦しさに悲しみも足された。

学校に近づく頃には、
伴走していた友人と暗黙の了解で、
それぞれのベストのペースで
別れて走った。

私なりのラストスパートで、
ゴール。
…やった、完走だ!

先生から、遅い順位のカードをもらって、
グランドの隅で息を整える。

先頭チームの人たちは、
グランドの真ん中で
大の字にひっくり返って
空を仰いで、キラキラと輝いていた。

かっこいいなぁ。
あんなふうに颯爽とゴールしてみたいなぁ。

そう思いながら、遠くから見ていた。

苦しい上り、下り。
マイペースで進む。

共に走ってくれる友。
かけられた暖かい言葉。

抜かれて焦る気持ち。
遠くから眺める憧れ。
ささやかな達成感。

あの日、見たもの、感じたものは、
その後の人生で出会ったものに似ている。

走らなければ、気づかなかったこと。
生きなれば、わからなかったこと。

今、私は人生のどのあたりを走っているのだろう。

朗らかに走れる時もあれば、
思いもしないことに足止めさせられたり、
時に、道に迷う時もある。

けれど、もう知っている。

どんな時も呼吸を整えて、
一歩一歩走っていくしかないことを。

負けそうな時にも
走ることをやめなければ、
必ずどこかに、たどり着けることを。

うつむく時も、見上げる時も、
薄花色の空は、いつも優しく見守っていてくれる。

甘くて苦い、メダルの色は?

参加賞、そして、
金の紙に包まれたコインチョコレート。
私がもらったことのある金メダルは、
これだけだ。

金色(こんじき)は、
黄金のように輝きのある黄色。
神聖な天上世界を象徴する色であり、
富や権勢の印としても用いられる、華やかな色だ。

小学一年生のとき、
ニワトリを描いた絵で賞をいただいたことがある。

朝礼の時、全校生徒の前で
表彰された。
…といっても、事前に知らされておらず、
当日は風邪で欠席していた。

夕方、近所の同級生が
表彰状と銀色のメダルを持ってきてくれた。
壇上で校長先生が私の名を呼ばれたとき、
クラスメイトが
「休み~っ!」
と叫んで、終わった。
と聞かされ、とても悔しかった。

風邪が治って、登校すると、
担任の先生から、
「せっかくの晴れ舞台だったのに、残念やったね」
と声かけられ、
同級生からも少し冷やかされた。
照れつつもとても嬉しかった。

また、賞をもらいたい。
今度こそ、みんなの前で
校長先生から表彰されたい…。

小さな欲が生まれた瞬間だった。

図工の時間には、
何とか「うまい」と言われたいと、
人と違うことをしたみたり、
本やテレビで見て、気に入った
作品をマネてみたりした。

我ながらうまく描けた…!
というものもあったけれど、
校内の廊下に貼られるくらいで
賞をいただくまでに至らなかった。

今度こそ! 今度こそ!
と思うのは私だけで、
二度と表彰されることはなかった。

勉強もだめ、運動はもっとだめで
さえない毎日を送る自分に
「これこそは!」と思った絵は、
ビギナーズラックで、
たまたま万馬券を当てたかのように
その後はハズレばかりの学生生活だった。

才能がなかったのが一番の原因だ。
でも、ダメだった本当の理由は
別にあった。

ほめられたい、賞をもらいたい
と、そればかりで
周りの人と違う作品にすることに
夢中になりすぎて、大切なことを
見失っていたのだ。

表彰状をもらった日から、もう何十年と経ち、
写真を撮るようになって、
それがわかった。

目の前にあるものを、じっくり見る。
出会えたことに感謝して、
その瞬間をいただく。
無理矢理見ようとしたり、
作り上げたりしない。

ウケることに心捉われ、
他人の反応ばかり気にしていては、
とりこぼしてしまうものがある。
実力以上にうまく見せようとしても、
自分の心に響かない。

自分がつまらないものが
見る人をワクワクなんかさせないのだ。

出会えて、楽しい…!
そんな輝くような喜びを得ることができた時、
何かが動く。

水面で弾ける光、
ライトの下で居並ぶ憧れのオールドカメラ、
旅先で、出会った銅像…
どれもキラキラと輝いて見える。

ときめいて辺りを見渡せば、
世界は煌びやかな金色で満ちているのだ!

金のメダルをもらうことなく、
その形のチョコレートをよく買っていたからか、
テレビで金メダルを噛む仕草を見ると
口の中に甘い香りとかみごたえが蘇る。

大好きだった金色の包み紙のチョコレート。
おいしくて、特別で、ワクワクさせてくれた。
本物ではなくても、嬉しい、楽しい…
そんな気持ちにしてくれるお菓子。

いつか心から好きだと思える一枚が撮れた時に、
自分に贈ろう。
誰にもほめられない、金メダル。

そこに映る私の顔は
きっと喜びに輝いてる。

影が鳴るなり、りんりんりん。

一人暮らしを始めた二十歳の春。
初めて自分だけの電話が持てたのが
嬉しかった。
黒のダイヤル電話だった。

繁鼠(しげねず)は、
黒に近い灰色。
樹木の深い繁みのような暗い色であることから
この名がつけられた。

折り重なるように咲く桜の花に、
陰翳が生まれ、美しさを引き立てている。
光と影。
影の色は繁鼠の色。

私の育った小さな町では、
番号四桁で電話がかけられた。
初めて電話をかけたのは小学校一年の時で、
たった四桁なのに、間違ってかけてしまい
謝らず切ってしまった。
その時の狼狽、胸のドキドキを
鮮明に覚えている。

高校生になって、初めて市内局番というものを知った。
なんとなく、四桁から六桁にステップアップしたような
気持ちになったものだった。

短大に進学して、電話番号は十桁になった。
とはいえ、それは下宿の公衆電話。
電話は、友達や恋人とつながる大切なツールの時代、
いつも誰かが使用中。
かけたい人にかけられず、
かかってくる電話がありはしないかと、
電話が空くのを、イライラしながら待っていた。

社会人になって、ついに自分の電話を得た。
さぁ、思う存分電話ができる!
と、喜んだものの、
仕事から帰ると毎日深夜。
土、日も休日出勤で、電話は宝の持ち腐れ状態。

悔しくて、寂しくて、
深夜に「リカちゃん電話」にダイヤルして、
一方的なリカちゃんの話を聞きながら、
誰とも話せない気持ちを、紛らわせていた。

離れて住む両親とも
ずっと連絡できなくて、
深夜の会社から、
「生きてるよ」と電話した。
「生きとったか」の安心した声に
申し訳ない気持ちになった。

電話は近くにありながら、
なかなか使えない、遠い存在だった。

そんな中でも、当時は親戚や友人や、
たくさんの電話番号を
覚えていたと思う。

中でも、もう指が勝手に動いてしまうほど
何度も何度も電話をかけた好きな人がいた。
嬉しいこと、悲しいことがあったとき、一番に話したい、
用がなくても声を聞けるだけで力づけられる人だった。

どれだけ話しただろう。
それでもやがて、気持ちが通い合わなくなり、
二度と電話できなくなった。
話したい気持ちの行き先を失ってしまったのだ。

ひと晩泣いたけれど、
こんなに悲しい気持ちも、その電話番号も
いつか忘れてしまうんだろうな…。
そう思うと、寂しくて、番号を書いたメモを
日記にはさんだ。

今もそのメモは、日記にはさんである。
あんなに忘れない、忘れたくないと思ったのに、
もう何の感情も呼び起さない数字が並ぶメモ。

電話が変わっていったように、
人の気持ちも変わっていくのだと知った。

スマホ、携帯電話の番号は、十一桁。
覚えられなくても、心配無用。
スマホの機能で、
ボタン一つ押せば、電話できる。

アドレス帳もいらず、
104で電話番号を問い合わせることも無い。
着信音も振動で、静かにスマートになった。

けれど、あのけたたましいベルの鳴る瞬間や、
電話を待ってイライラしたり、ドキドキしていた頃が
ふと、懐かしく思う時もある。

市外局番、下宿、一人暮らし…。
春は、
折々に変わっていった電話の記憶を呼び覚ます。

何度も連絡した会社や、
いろんな書類に記載した自分の電話番号。
今では記憶の繁みに隠れてしまい、
全く思い出せない。

とはいえ、たった一つ。
決して忘れない番号がある。

実家の番号だ。
かつて住んだ家はなくなり、
その電話番号も今は使われていない。
それなのに、
ダイヤルしたら、
どこかでベルが鳴るような気がする。

リリリリ~ンと鳴り響くのは、
黒電話のあたたかい音。

「もしもし」という懐かしい声が、
繁鼠色の向こうから聞こえてくる。

香ばしい日々を思い出す色。

初めて自分で化粧をしたのは
短大2年の就職活動前。
色気もなく、化粧の色味にも
無頓着で、ひどい仕上がりだった。

伽羅色(きゃらいろ)は、
茶色がかった暗い黄褐色。
伽羅とは、
ベトナムやタイなど東南アジアが原産の、
沈香木(じんこうぼく)の一種である。

「花の女子大生」と、
もてはやされる時代の短大生だった。
しかし、そんな華やかさは程遠く、
顔はまんまる、子供のように赤いほっぺた。

アイススケート場で、知らないお兄さんから
「お酒飲んでスケートしたらダメだよ」と
赤ら顔をからかわれたほど。

いざ、就職活動となって、
化粧は大人の嗜みです。と言われても、
何をどうすればいいのか、わからない。

クラスの友人を見渡すと、
みんな化粧もちゃんとできていて、
花も盛りの美しさ。
焦った。恥ずかしくなった。

そこで、覚悟を決め(?)、
下宿近くの小さな化粧品屋さんへ
一人で出かけた。
店主は、母とほぼ同世代のおばさん。
安心して相談できた。
━━ 頬の赤さを隠したい。
その言葉に、
それならば、と、おばさんは肌の色より茶系の色を
まんべんなく顔に塗ってくれて、
「ほら、もう赤みが消えたでしょ?」と
にっこり。

少し暗めの店内の蛍光灯の下、
これでいいかな?
と、思いつつ、勧められたファンデーションを買った。

いつもと違う顔になって下宿に帰った。
階段を上がると、共同台所があって、
五、六人の友達が
わいわいと賑やかに夕食の準備中。

「ただいま~」というと、
一人が、私の顔を見て、
えーっっっ! と声をあげた。
「どうしたん? 植木鉢かぶって帰ってきたんかと思ったわ」
と、忌憚なきご感想。

みんなが、台所から出てきて、
なんでこんな色にしたん? と笑いながら
気の毒がっている。
部屋にいた友人たちも出てきて、
どうしたーっ!?
と、大笑い。
伽羅色の私の顔は、
キャラが濃すぎる、一度見たら忘れられなくなる、と
大爆笑になった。

その日の夜、
メイク上手なFちゃんの部屋で、
改めて化粧を教わることになった。

赤い頬は茶色で隠すものではない。
首と顔の色が違いすぎてしまうから、
植木鉢みたいになるのだ、
と教わった。
まず緑色を頬に少しつけて、
その上に茶色と明るい肌色のファンデーションを混ぜて
丁寧に調整しながら顔にのせてゆく。

Fちゃんの部屋は、いろんな化粧品があって、
ほんのりといい香りがした。
女子大生の部屋だ…と、くすぐったいような感動があった。

伽羅は沈香木の中でも、
最高の名香として珍重されてきた特別なもの。
その香りを実際に嗅いだことはないのだけれど、
「最高の名香」というと、
あの部屋に漂っていた香りを思い出す。

Fちゃんのおかげで、
面接官に笑われることもなく、
化粧なんて当たり前です!
という顔で就職試験を通過できた。

家族のように過ごした下宿の友人たち。
あれから三十年余りの月日がたち、
今、みんなどうしているのか知らない。

けれど、ふとした瞬間に、
記憶の断片が、
沈香木のカケラのように、
甘く華やかな香りを放つ瞬間がある。

最近は、化粧品もネットで買うことが多い。
先日、届いた商品とともに、
高級ブランドのファンデーションの
試供品が入っていた。
使ってみたら、芳しい香りがふわりと広がった。
あ、Fちゃんの部屋みたい…と、嬉しくなって
何度も何度も塗り重ねたら、驚くほど
白い顔になってしまった。

こんな顔見せたら、あの当時の友人たちにまた、
白壁か!? 石膏か!? と、ツッコまれるだろうな、と
想像したら笑いがこみあげた。


 
もう二度と戻れない、
懐かしいあの場所、あの時間…
楽しくやさしかった日々を思い出すと
白い目もとがにじんで、化粧がくずれた。

いつか見た白、見たい白。

「白梅にあくる夜ばかりとなりにけり」
梅の花を見て、
この句の光景を思った。
与謝蕪村、辞世の句だ。

鉛白(えんぱく)は、鉛から作られた白い粉の色。
古代から白色顔料として用いられた。
人間の美肌の色として、とても美しく見えるため
ルノワールも女性の肌を描くのに使用したという。

そんな人の心を惹きつける色なのに、
小さな鉛がポトンポトンと
重く響いて落ちる色にも見える。

おひさまが白く眩しい、
小学校低学年の春休み、
遠方に住む母の妹、M子おばさんが、
私より五つ年下の息子Hちゃんを連れてやってきた。
M子おばさんは離婚したばかりだった。

長い滞在だった。
父方と母方の親戚は仲が悪く、
父は不機嫌だった。
ある日、
父の妹家族がうちに来ることになり、
急いで、M子おばさんとHちゃんと私の三人で、
映画に行くように命じられた。

父は、妹家族が来るのにM子おばさんがいては
具合が悪いと思ったらしい。

汽車に乗って二駅先の映画館。
時間も中途半端で、興味もない
字幕つきの映画だった。
まだ、字幕が読めない私とHちゃんは、
何て言ってるの? と何回もM子おばさんに訊き、
「いいから黙って観てなさい」と叱られた。

Hちゃんは飽きて、
「帰りたい」と言い出した。
仕方なく、貸切のような映画館の中を
追いかけっこしたり、お菓子を買ってもらったりして
時間をつぶしたが、私だって帰りたかった。

閉館時間になり、M子おばさんは家に電話する。
…まだ帰ってきたら、あかんのやって。
不機嫌そうに私に言う。
夜も深まり、眠い、帰りたいと
駄々をこねるHちゃんと
辺りをぐるぐると歩いた。

私もくたびれてきて、言葉も尖り、
甘えるHちゃんに冷たく当たってしまった。
すると、M子おばさんが
「あんたはお父ちゃんもお母ちゃんもおるし、
 この子の気持ちなんか、わからへんやろなぁ」
と、寂しそうに言った。

帰れない三人で
電話ボックスの近くに座り込んで
空を見上げた。
星なのか、梅だったのか、
白いポツポツとした美しいものを見た記憶がある。

早くに親を亡くした父は、
妹に対して親のような想いでいたのだろう。
両親健在の母にその気持ちはわかるまいと
思っていたようだ。

母は、いつまでも妹に心が向き、
自分を見てくれない妻の気持ちが
わかるまいと思っていたのだろう。

父や母だけでなく、
M子おばさんも私もHちゃんも、
みんな、何かが足りなくて、
それをわかってもらえない寂しさを
抱えていたのではないだろうか。

数年前、その映画館の辺りを歩いてみた。
すっかり様子が変わっていて、
あの日、座り込んでいた電話ボックスもなくなっていた。
あれもない、これもなくなった…と
歩いていくと、
昔、存在すら知らなかった川や神社を見つけた。

ないものばかりに捉われていると、
見逃してしまうものがある。

鉛白は、美しい白さを作る鉛ゆえの
毒性を持つ。

自分の手にできなかったものは、
白く美しく輝いて見える。
毒があるとしても、手に入れたくなる魅力があるのだ。
白い梅に、そんな魔力を感じて、少し恐れを抱く。

遠い日に、星か、梅かと思った
白い煌めきを思う。
それは、蕪村がこの世を去るときに
詠んだ白い梅の美しさに近い気がする。

蕪村は晩年、若き芸妓との恋を
弟子たちに咎められ、別れることとなった。
けれど、寂しさも、恋心も、
人の心に咲くものは誰にも止められない。

ポツポツと咲く梅の花は、
静かで可憐。
人生の秘密を知っていて、
また春が来たよと、
微笑むように咲いている。

おいしい色は、どう作る?

人生初のお菓子作りは、
ホットプレートで焼いたクッキー。
どんな焼け具合? と、ふたを開けたら、
小さなホットケーキが大量にできていた。

江戸茶(えどちゃ)色は、黄みの深い赤褐色。
江戸時代前期に流行した色である。
「江戸」とつけることで、
流行の先端であることを強調した、
江戸好みの茶色とされていた。

中学では、昼はお弁当持参だった。
お弁当初日にカバンを開けると
おかずの肉じゃがの煮汁がこぼれ、
教科書、ノート全て茶色に染まっていた。

ショックだった、恥ずかしかった。
こんなにこぼれるものを何でおかずに入れたのよ!
と、母を恨んだ。
とはいえ、母も仕事で忙しい身。
翌日からお弁当は自分で作ることにした。

なんとか、おいしくきれいで
こぼれないお弁当を作りたい。

と思ったところで、
母は朝から晩まで忙しく、
家事に手がまわらない様子。
まわりに料理を教われる人も
いなかった。

そこで、婦人雑誌の付録を見て、
簡単なものを作り始めた。
しかし、基本がわかっていない。
「丁寧に混ぜる」という言葉の
イメージもわかないくらい料理音痴だった。

情けなくて、高校では、
調理と栄養について学ぶ「食物」の
選択科目を取った。
食材の扱い方から、
見た目美しく、
栄養バランスの良いメニュー作りなど、
食に関する学びは面白かった。

けれど、料理はそんなに甘くない。
担当の先生は校内指折りの厳しい人だった。

テーマによって作る献立は、何度も却下、
調理実習時には爪やエプロンの清潔さ、
料理の完成度まで、点数獲得に苦労させられた。
「これじゃあ、お点はあげられなーい」と
目が笑っていない笑顔で、減点に次ぐ減点。
卒業ギリギリの追試も受けた。

料理は、
食べられればいいと言うものではない。
そのことを、みっちりと仕込まれた。

おかげで、外食するときも、
完成に至るまでの大変さに
心が向くようになった。
おいしければ、その工夫に、
盛り付けが美しければ、その心配りに、
感謝の思いが湧いてくる。

日々の小さなことさえ、
やってみなければ、その苦労は
わからない。

振り返ってみると、
煮汁の染みた教科書の恥ずかしさが
料理を始めた原点になっていることに気づく。

クッキーにならなかった小さなホットケーキ、
ずっと肉じゃがの匂いの染み付いていた教科書、
油染みで、書けなくなったノート。
懐かしい失敗や、
うまくできると、
早く食べたい、食べさせたいと思ったこと。
それらを全て溶かした、
食べ物の思い出の色が
この江戸茶色になる。

まろやかで、おいしそうな色だ。

かつて、流行りの先端だった色。
遠い昔から愛されてきた色。

食べ物も、色のように
流行りがあったり、
これをあるとほっとするという、
定番のものがある。

色をまとうように心を彩り、
血や肉になる、おいしいもの。

「人は味覚だけでなく、視覚でも食べる」
と、食物の先生に口を酸っぱくして教えられた。

同じ色でも、より美しく。
彩りの妙も考えて。

江戸茶色は、
そんな味も記憶も包み込んで、
静かに心を盛り立ててくれる。

さぁ、今日も、おいしいものを作ろう。

ラインダンスはわたしと。

立春を迎えた。
寒さに凍える灰色の空の向こうに、
淡い春の光を感じられる。

素鼠(すねず)色は、
他の色味を含まない鼠色。
数ある鼠系の色の中でも、
白っぽくも、黒っぽくもない、
真ん中の色となるのが、この素鼠色だ。

短大二年の最後の冬、
卒業旅行の代わりに
日帰り近所旅に出かけた。

まずは、あまり乗ることのなかった
大阪環状線をぐるりと一周乗ってみた。
駅ごとに景色だけでなく
乗り降りする人の様子も変わるのを知った。

同じ場所でも、時間によって
色合いが変わることを知ったのも
この旅だった。

繁華街の夕暮れ。
華やかな世界が始まる前の
ざわめきの中を歩いた。
出勤前と思われる着物姿の女性が、
艶っぽく光っていた。

ほとんど化粧もせずに過ごした
私には目を惹くものがあった。

化粧をする。身支度を整え、
姿も心も創り上げてゆく。
仕事に向かう前の、どこか憂いに満ちた姿。
歳を重ねただけでは、至ることのできない
凛として色香感じる大人の姿。

時間だけでも、距離だけでも
たどりつけないところがある…。

憧れと、あきらめと、
かすかなときめきにも似たものを感じた。

ほんの数分、電車に乗っただけ、
ほんの数ヶ月後、学生ではなくなるだけ。
それだけで、違う世界が待っている。

自分の知らない世界は
どれほど大きいのだろう。
知らないことに、
怒られたり、嗤われてしまう物事は
どれほどたくさんあるのだろう。

世界の広さ、深さの予告編のようで
未来の自分への頼りなさに、少し怯えた。

その旅の後、
卒業前の思い出にと、
友人三人と正装して、
ちょっと背伸びした、
大阪都心のレストランへ出かけた。
全員、偶然にも鼠色のスーツだった。

帰り道、大人ぶって食事した
自分たちの姿を思い出し、
大笑いして夜の街を歩いた。
そのまま帰りたくなくて、
華やかな街の灯り、そして
列をなして車が走り去る光景を
陸橋から見下ろした。

たくさんのライトが
煌びやかな都会の時間のように流れてゆく。
綺麗だった。

突然、「ラインダンスしよう!」と
誰かが言い出し、
夜の陸橋で、腕を組み、踊り始めた。

正装していても、
顔はすっぴん。
子供と大人の真ん中の色をした私たち。

大きく足を蹴り上げながら、
都会なんかに負けるか!
笑って乗り越えてみせるぞ!
そんな気持ちで踊っていた。

叶えたかったことも、
叶わなかったことも
多かったけれど。
こんなに笑える未来があった。
これから先の、全く見えない未来は
どんなことで笑っているだろう。

数ヶ月後には、大人の世界に飛び込んでゆく、
まだ何者にもなっていない、
「素」の私たち。
素鼠色の服を着た四人のラインダンスは、
賑やかで、デタラメで、
とびきり楽しい思い出になった。

その後、違う道に進んだ
四人が集まることはなかった。
けれど、あの日の思い出は、
ひなたの小石を、そっと、
てのひらに置かれたようなぬくもりで、
どんなに心冷える日にも、
笑顔と元気をくれた。

光を浴びた素鼠色の光景は、
春霞にぼんやり浮かぶ都会の景色。

あのビルの中や、どこかの街角で
誰かが不安や失意の中にいるなら
暖かい春の光が射していると
いいな、と思う。

冷えた石もあたためてくれる、
春の陽射しが、もうすぐやって来る。