一陽来復を願う色。

冬枯れ草のような
くすんだ淡い黄色、
枯色(かれいろ)。

秋の名残りの風情漂う色として
古くから冬の衣裳の色として愛されてきた。

江戸時代には、
「花見」や「紅葉狩り」のように
冬枯れの景色を「枯れ野見」として
その色彩を楽しんだのだという。

今年の冬は、関東にも雪が降った。
白く染まる街の景色の中、
ぽつんぽつんと小さく光る、
家々の窓の灯りを見ていると
節分の日の夜を思い出した。

「鬼は~外!」と言いながら、
雪の上にぱーっとまかれた豆に見えたのだ。

子どもの頃は、
大雪で停電になることもあった。
そんな時には、
光はぬくもりであり、目印であり、
笑顔の源でもあった。

長じて中学生になると、
塾の日は懐中電灯を持たされた。
雪の夜の帰り道、
自分の存在を光で示して、
事故に遭わぬようにと。

吹雪く時はもちろん、
そうでない時も、
恥ずかしがることなく、
懐中電灯を点けて帰った。

車に、人に、用心して雪道を歩く。
狭い道が多く、すれ違う車が怖くて
家の前まで来ると、
ほっとしたものだった。

少し帰りが遅れると、
父か母、どちらかが、
いつも家の外に出て、
心配そうに立っていてくれた。

その姿を照らすと、
心配そうに怒っていたり、
安心した笑顔を見せてくれたり。
時間によって、状況によって、
「おかえり」の言葉が
固かったり、やわらかかったり…。
予想できない両親の気持ちに、
いつも少し緊張した。

今ならわかる。
子どもが帰ってきた
電灯が少しずつ大きくなるときの
父の、母の、嬉しさを。
待つ時間の心配を、苛立ちを、
安堵感を。

暗い中で、光は冴えて、
寒い中でこそ、ぬくもりが、
身に、心にしみる。

夜道を灯りで照らしながら、
寒さに身を縮めながら、
家へと急ぐとき。
家について、ほっとするとき。

塾で教わること以上に大切な、
愛情について
学んでいたような気がする。

枯色は、もの枯れて
春を待つ色。
節分の豆を
てのひらで遊ばせていると、
春の花を咲かせる種にも見える。

冬が去り春を来ることを
「一陽来復(いちようらいふく)」という。
節分の豆をまき、
立春を迎えたら、
ゆっくりと確実に春が近づいてくる。

その足音に耳を澄ませながら、
二度と戻らない今年の冬の日々も
いつかあたたかい思い出になるよう、
大切に過ごそうと思う。

ヒミツが噴き出す思い出色。

くすんだ淡い青緑、
緑青色(ろくしょういろ)。

飛鳥時代、仏教とともに、
中国から伝来したという
緑系の代表的な伝統色だ。

古くから日本画の顔料として、
また、神社仏閣などの建築物や彫刻の
彩色にも用いられてきた。

先日、とある街の文化館で
昭和の懐かしい品々の展示を見た。
何より目を引いたのは、
ガリ版(謄写版)の一式だった。

小学校の頃の文集は、
全てこの印刷方法で作っていた。
道具には、緑青の色が見られて、
あぁ、これだ!
と、嬉しくなった。

文集作りが好きだったという
記憶はないのだけれど、
その作業が終わらず、放課後遅くまで
残っていた記憶がある。

真っ暗な校舎。
先生方の雰囲気も、どこかリラックスして、
昼間よりも親しみをこめて、
話しかけてくれた気がする。
ある先生が引き出しから出して
「内緒よ」とくれたのも、
緑青と黒色の飴で、ハッカの味がした。

暗くなった校舎は少し怖くて、
いっしょに作業する友達とは、
身体も心の距離も昼間より近くなり、
作業しながら、
たくさん内緒の話をした。

いくつもの内緒が、
ひっそりとふえる時間。

それは、誰にも言わないままに、
記憶の器に大切にしまわれて
ふたをされて、
今はもう、開けることはできない。
誰かに訊いたり、思い出すこともできない。

けれど、その記憶の器から、
ふきこぼれるような思い出が、
美しい顔料となって、
胸の中を嬉しく楽しく包んでくれる。

そんなふうに、誰もが、
折々に取り出したり、
もう開けたくないとそのままにしたり、
あるいは存在すら忘れているような、
さまざまな記憶の器を
持っているのではないだろうか。

銅製品の青緑のサビをさすときに
「緑青(ろくしょう)をふく」
と言われる。
そのサビもまた、顔料になるのだという。

どんなふうに置かれていても、
記憶は、心の一部となって、
時おり噴き出して
人の想いに、表情に、表れるのだと思う。

「サビ」は時間がつくるもの。
自分の中のサビが深く、味わいのある顔料となって、
見る人、出会う人に、
やさしい一滴の色を贈れるようになりたい。

勝ちたい想いにそえる色。

勝色(かちいろ)。
日本に古くからある、
深くて濃い藍色だ。

名の由来は、染め物から。
藍を濃くしみ込ませるための、
布を叩く作業を「搗つ(かつ)」と言った。

鎌倉時代には、
この「搗つ(かつ)」が「勝つ」に
結びつくと、武士に好まれ、
武具などに多く用いられたのが
「勝色」の名の由来とされている。

いざ勝負! という時に「勝ち」に
つながる何かを持ちたくなるのは、
昔も今も変わらないのかもしれない。

受験シーズンに
「勝ち」にちなんだお菓子を
食べたり、贈ったりするのも、
そういうことなのだろう。

私の学生時代にも、
そんなお菓子があったのだろうか。
あれば買っていたのだろうが、
食べた記憶がない。
もう四半世紀よりも、もっと昔のことになる。

受験で大阪に向かう日、大雪だった。

駅まで遠いので、
前日に頼んでおいた
タクシーの運転手さんが、迎えの時刻に、
「車が出せない」と走ってやってきた。
雪に足をとられ、とられ走る、
運転手のおじさんの服の色は、濃い藍色。
それは、やや敗色がかった勝色だった。

もう間に合わない。
ダメなのか…と心曇らせたところ、
父が、雪の中から車を出して、送ってくれた。

駅までの不安な道のり。
黙りこくった私に
「あかんと思ったら、なんでもあかん。
 できる思ったら、なんでもできる」
父はそう言って笑った。

間に合わないと思った列車には、
ギリギリながら間に合い、
ほら、大丈夫だったろう! と、
車から降りて、笑って見送ってくれた。

しかし、父もあわてていたのだろう。
陽気に手をふってくれたその足もとは、
雪に埋まってしまうサンダルで、
羽織ったカーディガンも
薄手のものだった。

あの時の、タクシーに乗れない…
もうダメだ、という気持ちと。
そこから、よし行くぞと決めて、
父の笑顔にもらった安心感と。

何かに負けそうな時は、
その二つの気持ちを思い出す。

ダメになりそうな時も
敗色を思うのではなく、
勝つと信じる。
勝色を想う。

武士のような勇ましさはないけれど、
あきらめない気持ち。
こつこつと叩かれてしみこんだ
勝色をにじませるしぶとさを持って。

この時期、身を縮ませて
テキストを抱えている受験生を
街で見かけると
皆に良い春が来ますように、と願う。

寒いけれど、澄んだ青の空。
辛い時も、耐えて、こらえていけば、
心に描く青がうんと深くなる。
その色こそが、
勝色だよ、と、教えてあげたいと思うのだ。

ふっくら丸い夕暮れの色。

寒さに背中も丸くなる冬。
街で見かける雀たちも、
羽毛に空気を取り込んで
「ふくら雀」になって
寒さをしのいでいる。

ふっくら丸いその色は、
赤みがかった茶色、
「雀茶(すずめちゃ)色」だ。

冬のこの時期は、
空気も澄んで、夕暮れ空が
とても美しい。
その夕暮れは、
雀色時(すずめいろどき)
とも言うのだとか。

はて、雀の色をしていただろうか…。
とも思うけれど、
雀の色は、誰もが知っているのに
いざ言葉で表そうと思うと、
おぼろげで、どんな色かと
表現できない…。
そんな曖昧で、
ぼんやりしたところが
夕暮れの空のイメージに重なることから
その名で呼ぶようになったのだと言う。

確かに夕焼けの色は、
表現しようとすると、
どんどん色を変えてゆき、
言葉が色に追いつかない。

そして、
夜の闇に吸い込まれる直前は、
雀の色のような
ほの赤く暗い茶色の時がある。

言葉にできないものを、
ほら、できないでしょう?
というものに表現してみせた
昔の人の心の使い方を
すばらしいと思う。

今年も、
ニューイヤーコンサートに出かけた。
新年らしく、ワルツにポルカ。
心躍るひとときだった。

とりわけ今回心惹かれたのは
バイオリンの表情豊かな音色。
あの小さな楽器から放たれる音が、
軽やかに、時に重厚に
肩にとまったり、
全身を包み込んだり。

その様子は、
木の枝にとまる雀たちのように思われた。
仲間と歌い、笑い、おしゃべりし、
ぱーっと飛び立って行ったり、
風にのって、ふわふわ飛んでいたかと思うと、
静寂の中、じっとこちらを見つめているような。

これもまた、
言葉にできない感動で、
曖昧な雀色に
心を染められたような時間だった。

何に出会ったとしても、
見ようとしなければ、見えない。
聴こうとしなければ、聴こえない。

曖昧でも、表現できなくてもいい。
まずは感じてみよう。
そこから、発見や
喜びが生まれる、そんな気がする。

昔の人が「雀色の時」という名を
夕暮れに当てて、
しみじみとそうだな、と思ったように。

春は遠いけど、確実に進んでいて、
新しい気づきや喜びは、
土の中で
芽吹く時を待っている。

よりよき始まりを彩る色。

毎年、新年を迎えると、
その年の恵方にある神社へ参拝している。
今年は晴天の日に参拝できた。

空の青に映えるのは、
丹塗(にぬ)りの鳥居の色。
丹色(にいろ)だ。

もともと赤い色は
「魔除け、厄除け、祈願」
の色とされていた。
この丹色で彩ることで、
魔除け、神性を表すことから、
鳥居の色にも用いられたという。

年の初めの月には、
この丹色の正月飾りを
あちこちで見かける。
それを見ると、
新しい年の空気を感じ、
神聖で、改まった心持ちになる。

今年の初詣には、
年末に買った新しいカメラを
持って出かけた。
慌しい暮れに、
大急ぎで家事をこなし、
嬉々としてカメラ操作を確認したのだった。
おかげで、少し取り扱いが理解でき、
実質の初撮りとなった。

過去にも一月に神社に
撮りに行ったことがあった。
それは、二年前のこと。
扱える自信がなくて、
買うことはないと思っていた
一眼レフカメラを
譲ってもらうことになり、
京都の伏見稲荷大社へ
初めての撮影に行ったのだ。

取り扱い説明書に
ささっと目を通してはいたものの、
実際、撮るとなると、
何が何やら大混乱!
戸惑いながら一眼レフカメラの難しさと
格闘していたのを思い出す。

これからこのカメラを使いこなし、
うまく撮れるように
なるのだろうか。
撮れたらいいなぁ。
そんな気持ちを抱いた記憶は、
伏見稲荷の鮮やかな丹色に染められた。

今年、初詣の写真を撮りながら、
どこか改まる思いになったのは、
その時の記憶が色を通して
蘇ってきたからかもしれない。

あの日格闘した一眼レフカメラは
私の無知という荒っぽさに耐えて、
たくさんのことを教えてくれ、
そして、次にバトンを渡すように
動かなくなった。

最後に撮った写真は、
クリスマスの華やかな赤い色。

その赤色とは少し趣の異なる
黄色みを帯びた赤い色「丹色」から
新しいカメラとの生活が
いよいよ始まった。

「丹」は赤土の古語でもあり、
さらに色とは少し離れて、
「まごころ」の意味も持つ。
「丹精」「丹心」の「丹」だ。

新しい年、新しいカメラで
変わりなく、まごころもって
撮っていこう。

新しくなるのは、よりよくなるため。
今年も、よりよい年にしたい。

月にお餅に、暮れゆく年の色。

月白(げっぱく)色。
月の光のような淡い青味を含んだ白色をさす。

暮れも押し迫ったこの頃、
白といえば、思い出すのはお餅つきだ。
子どもの頃は年末になると、
ご近所数軒がお向かいの家に集まり、
石臼で餅をつくのが暮れの行事だった。

広い土間に石臼が置かれ、
蒸し上がった、あつあつの餅米を
おじさんが杵をうち、
おばさんが合いの手を入れ、もちを返す。

子どもたちは、つきたてのお餅を
小さな丸餅にする。
年長の子どもは、少し小さめに。
年少の子どもは、頑張って大きめに。
鏡餅は、大人の担当。
立派な鏡餅が作られていくのは
職人技のようで見ていて飽きなかった。

当時、年末というと、
雪が積もっていて、
餅つきが終わって外に出ると
とても寒く、白く、静かだったのを
覚えている。

やわらかく美味しかった
つきたてのお餅は
翌日には、固く冷たくなり、
別物のように感じたものだった。

三が日を待たずに、
ひび割れがしたり、
カビがはえて姿を変えてしまう鏡餅。
鏡開きの日、切り餅にするのに
ひと苦労する母の姿も
懐かしいお正月の光景だ。

今はもうお餅をつくこともなく、
あの日餅つきをしてくれた人たちの
何人かももういない。

けれどこの時期、
寒い夜道を歩いていると、
あの日と同じ年末独特の静けさがあり、
月は、一所懸命丸めたお餅が
空に浮かんでいるように見える。
丸いお餅は、満月か。
そういえば、満月は、望月。
もちの月だ。

丸いお餅のような月を見上げると、
餅米を蒸した湯気の
あたたかさ、
あの日わいわいと時を過ごした
近所のおじさんおばさんの
声が聴こえるようで、想いが和む。

日々は積み重なって、
思い出は遠くなるけれど、
記憶は消えない。

消えないばかりか、
ふと思い出した時に、
のどかな気持ちになって、
やさしく心をあたためてくれる。

私は思い出で、できている。

新しい年がやってくる。
お餅のように、満月のように、
淡い青色をたたえた美しい想いで
新年を迎えよう。
どんな色も受け容れられるよう
濁りを落として、迎えよう。

そんな気持ちでいたら、
きっとまた、いい色に染まる。
心地良い色になれる。
そんな予感がしている。

皆様もよいお年を。

真っ赤なお花の贈り物。

紅の八塩(くれないのやしお)色。

調味料の名前のような、
小説のタイトルのような、
ネーミングセンスを感じる色の名だ。

色は、深みのある、真っ赤な紅色である。

八塩の
「八」は「多い」という意味であり、
「塩」は「入(しお)」とも書かれ、
「染め汁に浸す」ことを意味するのだという。

つまり、「八塩」は「何回も染汁に浸す」こと。
濃く、鮮やかに染められた紅花染めの色であるということを
その名で表現している。

混じりけのない紅色の濃染(こぞめ)は、
高価で贅沢なもの。
色合いも美しく、
平安貴族にも憧れの色として
珍重されていたという。

そして現代。
年末は、
平安貴族にも驚かれるかもしれぬほど、
鮮やかな紅の八塩色が街にあふれ、
きらびやかに光って街を彩る。
クリスマスの飾りに
「紅の八塩色」という名前は、
少し違和感もあるかもしれないが、
平安貴族でなくても、
現代人も魅了する
鮮やかで美しい紅色だ。

この時期には、
何気なく買ったものにも、
この色のリボンが飾られたり、
包みの色も、この色であったりして、
その華やかさから、
何か特別なものを贈るような、
贈られたような、
ささやかな高揚感を与えてくれる。

今年の最後の日々が、
この色に彩られて、
楽しい気持ちでしめくくれるとしたら、
それは、とても幸せなこと。

今年の記憶の最後に
この色を添えて、そっと見送る。
あぁ、美しい時間が過ぎてゆくなぁ、と。

ものでなくてもいい。
言葉でも、笑顔でも。
大切に想う気持ちに
濃く、あたたかく、
何度も浸されたような
贈り物は、
ぬくもりや、喜びが
きっと、相手に届くと想う。

寒い日が続く。
身体が固く、小さく
縮まってしまいそうな日には
楽しい時間や
笑ったことを思い出して
心の炎を紅く、紅く燃やして
あたたまろう。

想いをしまう部屋の色。

納戸(なんど)色。
御納戸(おなんど)色ともいわれ、
緑みを帯びた深い青色をさす。

「納戸」という言葉を
知ったのはいつだろうか。
大人になって、家探しを始めたときに
知った言葉のような気もする。

辞書に当たると、
「中世以降は、一般に室内の物置をいい、
 寝室にも用いた」とある。

ほんのりと薄暗く、
ひんやりとしたなかで、
大切な何かが丁寧にしまわれている。
そんな空気を感じる「納戸」。

納戸色の名前の由来は、
薄暗い納戸部屋の色、
納戸の入り口にかける垂れ幕の色、
高貴な家の納戸を管理する役人の制服の色、
と、諸説ある。

どの説であれ、江戸時代から
人気の色であったらしい。

淡い色をも引き立てる色であるのに、
目立つことを嫌い、
控えめでありながら
惹き寄せられる粋な色、「納戸色」。

その名には、和の色に興味を持って以来、
ずっと心惹かれていた。

家の中に、ものをしまう部屋が必要なように、
人も、心の中に
薄暗く静かで、人には見せない
納戸のような部屋を持っていると思う。

大切な思い出、
姿を変えながら光る夢や希望。
ときおり、その部屋をのぞきこみ
励まされたり、反省したり、
こみあげる笑いに、力をもらったり。
歴史をたたんでしまいこんでおく
心の中の、とっておきの部屋。

「今年の思い出」という行李を、
また心の中の納戸に運ぶ時期がきた。

一年という日々は、ながめかえすと
広い海のようで、あちこちに
喜び、悲しみ、失望、愛情、
それに伴う笑顔や涙が漂着している。

深い海の底に落としてしまったものもある。
けれど、思いがけなく、こちらに流れてきてくれて
受け取ったものもある。

人が見たらガラクタのような日々も
成果も、自分には宝物。

そして、それは、海に出なければ、
得られなかったものばかり。

失くしたものを、いつまでも惜しむのではなく
感謝したい。
得られたものは、またより大きく膨らませられるよう
努力したい。

納戸色は、懐の深い色。
この色の海を空を、
それを眺めた日々の心の色を
思い出しながら、
今年の行李を
大切にしまおうと思う。

今年の落葉は、どんな色?

朽葉(くちば)色。
木々が落とす葉の色、
くすんだ赤みがかった黄色をさす。

枯れ葉から落葉へ。
落葉から朽葉へ。

そんな葉の移り変わりにも
目を向け、心を傾けて、
もののあわれを感じ、
王朝人がつけた伝統名、朽葉(くちば)色。

ひとくちに「朽葉色」といっても、
赤みが強いと「赤朽葉」、
黄色みが強いと「黄朽葉」、
このほかにも「青朽葉」もある。
その微妙な色の違い、種類の多さは、
「朽葉四十八色」と呼ばれるほど。

枯れ葉となっても
赤、青、黄色、
自らの色みを
残しつつ散るのだろうか。

そして、人も、
「自分の色」をとどめながら
朽ちていくのだろうか。

自分の色とは、どんな色だろう。
経験から、環境から、そして感情から
澄んだり、濁ったりしながら、
何色かにたどりつくのだと思いたい。

風に舞う落葉を見て思うのは、
「今年の落葉は、今年だけのもの」。

ならば、自分も今年だけの色があり
それが地層のように重なって、
独自の色が、ゆっくりと
にじみ出てくるのではないか…
そんなことを思った。

うまくいったこと、いかなかったこと。
喜び、悲しみだけでなく、
自分への怒り、苛立ち。
他人に向けられた濁った感情。
そのすべてが、枯れて、朽ちて、
自分の過去に重なり、土に還るように
「今年の自分」として、ひとつの層になる。

それが、どんなものであれ、
時の流れとともに、自分の心を培う
腐葉土になってくれればいいな、と思う。
それは、願いといってもいいかもしれない。

今はまだ、熱気のなかにいて
枯れるのを惜しんでいる
今年のわたしの葉。
それでも、暦に従い、
必ず枯れる今年の葉。

やがて、ながめたときに、
あの時の朽葉があったから、
今の幸福な自分がいる。
そう思えるように努めていこう。

朽葉色に染められる道を歩く。
かさこそと音がするのは、
今年もたくさんの葉に、
たくさんの日々に、
包まれていた証。
そう思うと、確かな手応えのようで
あたたかく力づけられる。

「ただいま」を映す色。

杏(あんず)色。
熟した杏の果実のやわらかい橙色をさす。

杏の果実をポーンと投げたような夕陽が
ゆっくりとあたりを染めて沈んでゆく光景が
美しい季節。

先週は、関西に帰省していて、
「ただいま」と呼びかける景色を
みごとに杏色に染めて見せてくれた。

「ただいま」の色。

思えば、大人になるにつれ
「ただいま」という場所が
ふえていたことに気づいた。

日々暮らす家に。
親が待つ家に。
会社勤めの時は、出先から帰ったときに。
最近では、
旅から帰って、
ネットで語り合う親しい友人に。
たどり着いた時、
ほっとして言う
「ただいま」。

「ただいま」というとき、
どこか、ほんのり明るくあたたかく、
嬉しい気持ちになる。
その気持ちを喩えるなら、
夕陽の色、杏色。

そんな明るく、あたたかい色を放つ
夕陽ではあるのだけれど、
寂しさもいっしょに連れてくるときがある。

それは、新卒で入社した会社を辞めた日の翌日。
あまりに忙しくて、
夕陽を観ることのない暮らしから、
何ヶ月ぶりかで、ぼんやり過ごしていた。
一人暮らしの部屋に、
ぽつんと取り残されたような夕暮れ。

明日からの暮らし、仕事、
将来のこと。
いろいろ考えると、寂しさと不安で、
いたたまれない気持ちになった。

そんなとき、父から電話。
「夕方は寂しいやろ」と、
あたたかい声。
あぁ、言葉にできない気持ちを
わかってくれていたのだ、
という安心感に包まれた。

父に会社員の経験はなかったけれど、
「会社を辞めた」
「一人でいる」
という
私の寂しさを誰よりも理解し、
寄り添おうとしてくれたのだ。

きっと、父は父なりに
その人生の中で、
寂しい夕方をいくつも経験したきたのだろう。

寂しさに出会ったとき、
一時的な楽しさに逃げたり、
ごまかしたりせず、
きちんと向き合うことで、
寂しさの受け容れ方や、
克服のしかたを知ることができる。
そうして身につけた強さは、
深く、美しい優しさになるのかもしれない。

父に、そのことを
さりげなく教えられたのだった。

どんなに楽しい一日でも、
誰かといっしょでも、
夕焼けを観ると、
一日の終り、楽しいことの終り。
そんな気がして寂しくなる。

でも、昼間の明るさから夜の暗さのあわいに
こんな美しい色があることに
しみじみと感謝する想いもある。

健康的で、明るい杏色の夕陽。
一日の終りに、観ることができたなら、
楽しさも嬉しさも、
そして寂しさも哀しささえも、
抱きしめる想いで、眺めてみようと思う。