匂いに守られて。

なんと読むのだろう。
はじめに、そう思った。
木賊色。
「とくさいろ」と読む。

トクサという草からつけられた名前で、
落ち着いた緑色。
別名を「陰萌黄(かげもえぎ)」とも言う。
萌黄色の若々しさに比べると、
大人の陰りと湿り気を感じられるような名だ。

お盆がやってくる…。
そう思うと、
子どもの頃は、従姉妹に会えるのが楽しみで
ドキドキして眠れないほど楽しみだった。
盆暮れにだけ会える、歳近い従姉妹二人。
海へ行って、すいかを食べて、
虫取りをして、花火をした。
布団に入ってからも、
お化けの話などして、いつまでもふざけあっていた。
やがて真打ち登場、
祖母のそれはそれは恐ろしい怪談に、
暑いのにくっついて眠りにつく…。
部屋の隅には、蚊取り線香。

ひとつ、ひとつの出来事には
はっきりと、それを思い出す匂いがあった。
夏は他の季節に比べて、匂いが色濃かった気がする。
海は潮の香り。
花火は火薬の匂い。
ツヤツヤとしたカブト虫の、
ほかの虫とはちがう独特のにおい。
蚊取り線香とセットで
虫さされの薬の鼻にツンとくる臭い。
近所も窓を開け放っていて、
あちこちから総菜の香りがしてきた。

そんなさまざまな匂いに包まれた夏の日々。
いつまでも続くと暢気に思っていて、
変わる日がくることなんて思いもしなかった。
けれど、
ある時から、受験だ、部活だ…と
従姉妹たちもそれぞれに過ごし方が変わり、
お盆の過ごし方もちがうものに変わっていった。
夏の香りは変わらないのに。

あの日から遠く離れて、
今思い出すと、
包まれたいたあの夏の香りは、
守られていた匂いなのだと気づく。

子どもたちが楽しく健やかで過ごせるよう
見守り、
食べさせて、
蚊取り線香を焚き、
虫にさされたら、やさしく薬を塗ってやる。

大人たちも、そうやって子ども時代を過ごしたように、
私たちに健やかな楽しみを、
見守りながら与えてくれていたのだ。

気づかないほど、当たり前に守られる愛情が
何代も昔から与えられ、引き継がれ、
今の自分がいる。

今は会えなくなったけれど、
変わりなく見守り、
愛情を注いでくれている人たちの気配を
いつもよりも強く感じられるお盆。

深い緑、木賊色の林や、川辺のあたりから
懐かしい人たちが、
やさしくほほえんでくれている気がする。

あいを見て、あいを知る。

藍色。
誰もが「あぁ、あの色ね」と、
知っていて、愛されている色。

私も大好きな色のひとつで、
学生時代、いわゆる就活スーツを選ぶ時も
濃紺でなく、少し藍色っぽいようなやさしい色で。
と、デパートの店員さんに相談したほど。

けれど、そこはお金のない学生ゆえ、
スーツでなく、
安いブレザーとスカートにしたところ、
家に帰ってよく見たら、
上下、色が少し違っていた。

そんなつまずきスタートの就職活動。
いわゆる買い手市場の年回りなのと、
わが成績も芳しくなかったことから、
なかなか決まらなかった。
せっかく選びに選んだ藍っぽい服を着ていても、
私に、また会いたいという会社は見つからないまま
就職戦線は終盤を迎えていた。

当時、同じ下宿の向かいの部屋に住んでいた友人とは、
気が合い、用がなくても互いの部屋を行き来していた。
彼女も私同様、就職先が決まっていなかった。

就活に、お金も心も使い果たし、
いよいよ「私たちどうなるんだろうねぇ」…。
と、暗い気持ちでぼんやりしていると、
彼女の実家から荷物が届いた。

レトルト食品に、新鮮な果物など、
元気のわいてくるようなおいしそうなものがいっぱい。
「これ食べて、元気になろう!」と言ってくれて、
いっしょに箱からあれこれと取り出していると、
なぜか、和菓子の箱のふただけが
ぽろりと出て来た。

ふたの裏には、

「楽しみにしていた釣りの日に、雨がふって行けなくなった。
 でも、また行ける日は来る。
 人生、あせらずにいきたい。」

と、マジックで書かれたお父さんのメッセージ。

それを見て、二人で黙り込んでしまった。
「就活がんばれ」とも、
「努力が足りない」とも、
「ダメなら帰って来い」とも、
書かれていない。
でも、応援してくれているあたたかさが、
さりげなく、確かに伝わってくる。

二人で、黙ったままじっとそれを見ていた。
「あせらず、がんばろう」
…そう言ったかどうかは覚えていないけれど、
そう思ったことは、今もはっきりと覚えている。

それからしばらくたった11月の終り。
クラスの友人たちにかなり遅れをとったものの、
二人ほぼ同時に、それぞれ希望の職種に就職が決まった。
どちらが先だったかも記憶にないけれど、
二人で泣く程、抱き合って、跳び上がって
喜んだのだった。

そんな彼女とも、卒業してからは
それぞれの仕事や暮らしに追われて、
なかなか会うことがなかった。

大阪の学校を卒業後、
偶然にも関東の同じ県内に住みながら、
去年再会するまで、年賀状のやりとりだけだった。
久しぶりの再会がかなったとき、
駅まで迎えに来てくれた彼女の車の中で
泣きながら大笑いした。
また会えたことが、ただ、ただ嬉しかった。

そして、先月。
一年ぶりに会ったとき、
彼女のお父さんが、再会した話を聴いて、
趣味の手仕事で、私のイメージにあう
ブレスレットを作ってくださっていた。

それは、出会いや愛に磨かれて、
まろやかな澄んだような藍色。
会いたい気持ちが溶けている色だった。

見逃したくない色は、うつろいやすく。

和の色には、
その名を聞いただけでは、
すぐにわからない色がある。
朱華色(はねずいろ)も、そのひとつ。

もっとも、朱華色(はねずいろ)とは
庭梅の色ともザクロの色とも言われていて、
色調も紅から朱まで幅のある
謎めいた色ではある。

調べていて、一番多く見られたのが
黄色がかった淡い赤色だった。
褪せやすい色であることから、
移ろいやすさの枕詞としても使われていたという。
なかなか正体のつかめないような、
にくらしい色だ。

そんな移ろいやすさを恋する心に見立て、
詠まれた歌が万葉集にある。

「思わじと言ひてしものを朱華色のうつろひやすき我が心かも」

意味は
「もう恋なんてしないと言っていたのに、
朱華色みたいに私の心は移ろいやすいの」
という説と
「あんなひと、もう好きじゃないって言ったのに
朱華色みたいに移ろいやすい私の心…やっぱり好き!」
という説がある。

どちらも現代の歌詞にもありそうな恋心で、
切なく揺れる感情は、
昔も今も人の中に変わらず存在することに
心くすぐられる。
揺さぶられる想いの色は、
喜んだり、悲しんだり、期待と不安の中で、
やはり謎めいたまま、
紅から朱の間の色調を行き来するのだろうか。

去年の夏、下鴨神社に参詣した際、
境内の茶店で
140年ぶりに復元されたというお菓子をいただいた。
葵祭の申(さる)の日に神前にお供えされたという
ほんのりと朱華色(はねずいろ)のお餅、
その名も「申餅(さるもち)」。
いにしえの都人は「葵祭の申餅」と親しんで呼んでいたのだそう。

申餅に添えられたしおりに、
「はねず色とは、明け方の一瞬、空面が薄あかね色に
染まる様子で、命の生まれる瞬間を表すとされています」
と書かれてあった。

明け方の一瞬、命の生まれる瞬間。
なんて美しい瞬間だろう。

毎日、毎朝、その瞬間があり、
その瞬間の色が「朱華色(はねずいろ)」なのだ。

日々、空の色が違うように、
見るところで、その日の心持ちで、
色が変わるように…はっきりとこの色、
と決めなくてもいい。
それぞれの心の中に描く色があり、
決めないほうがいい色もあるのかもしれない。

少し謎めいて曖昧さのある朱華色(はねずいろ)。

明日は、少し早起きして、
自分だけの、今日の命の生まれる瞬間の色を見よう、
そう思った。

憧れと思い出を秘めた色。

秘色。
「ひそく」と読む。
別名は「青磁色」。

青磁は、平安時代に中国からやってきた磁器で、
それはそれは貴重なものとして珍重されていた。
中国では当時、
天子(皇帝)に献上されて、
臣下(家来)には使用が禁じられていたこと、
また、神秘的な美しさから、
その色は「秘色(ひそく)」と呼ばれていた。

子どもの頃、床の間に置かれた
青磁の壷を眺めるのが好きだった。
床の間に飾られたものは、
子どもが触ることは許されなかったので
その壷は、まさに秘色(ひそく)そのものだった。

そのためか、この色には特別な憧れがあり、
似合わないとわかっていても、
服に小物に、と、選んでしまう。
いつまでも、どこか叶わない色なのだ。

秘色(ひそく)という言葉から、
思い出して、取り出してきたものがある。
母から譲り受けた、37歳の父の日記だ。
織物の技術指導で
数ヶ月間、韓国に滞在していたときのもの。
言葉が通じないもどかしさや、
食べ物があわずに体調すぐれぬつらさ、
そして、家族や友人に会いたい想いが、
赤裸々に綴られている。

いつも明るくて、前向きで、
くよくよと悩むことなく生きよ、と、
背中を押してくれていた父の
秘めていた一面が、ここにある。

日記とともに、当時父が送ってくれた手紙があり、
そこには「班長をがんばりなさい」とある。
当時、かなりの引っ込み思案だった私が
班長になり、父に手紙で知らせたのは
自慢したい気持ちと、
元気であることを知らせたかったからだろうか。
その気持ちに応えて、父も明るく応援してくれている。
当時の父よりも大人になった今、
そのやりとりは、少し切ないような想いになる。

父が帰国する日は、学校から走って帰ったものだった。
父が日本を、家族を思うように、
私も寂しかった。父が恋しかったのだ。

当時は知らなかった父の寂しさ。
日記に小さな文字でびっしりと想いを書き綴る、
父の心の中は何色だったのだろうか。

そういえば、と、思い出した。
父は、うぐいす餅(「りゅうひ」と呼んでいた)が
好きで、帰国すると買ってきて、
感に堪えない顔で食べていたことを。
うぐいす餅。うぐいす色。
青大豆からできたきな粉の色。

あぁ、ほんのりと緑色だ。
秘めたる想いを、ひとときほぐしてくれたのは
きっと秘色に似た、その淡い緑色だったにちがいない。

高貴にして、やさしい秘色。
そんな家族の思い出とともに、
これからも憧れ、好きな色でありつづける。

うつろう時を、藍にたくして。

二藍色。
「ふたあいいろ」と読む。

色は、藍に紅花を染め重ねた紫。
ただ、紫といっても、
赤紫から青紫色まで、
紅の強みによって色調に幅がある。

なんとも移ろいやすい色…。
紫陽花にも似た、
色合いのバリエーション。

どうして、こんなふうに一つの名前に
色合いの幅があるのだろう。

それには、ちゃんとワケがあった。

二藍(ふたあい)色とは、
遠い昔の平安時代から、
身にまとう人の年齢によって、
紅みを足したり、藍を足したりと、
色の調整が行われる色だったのだ。

若いほど紅を強めに、歳を重ねるほどに藍を強く。
鮮やかな藍と、落ち着いた藍。

あの「源氏物語」の光源氏も、息子の夕霧に
「あまり紅みの強い二藍では軽く見られる」と
忠告したという場面もあるというから、
年齢と色というのは、
遠い昔から深いかかわりがあるのだろう。

もう少しあっちかな?
ちょっと行き過ぎ、こっちかな?
と、紅と藍の間を行きつ戻りつしているような
二藍(ふたあい)色。
その名も愛らしい。

語感も“ふたあい”というと、
あっちの人がいいかな?
こっちの人のほうがいいかな?
と、心移ろう男女の様子が想像されておもしろい。

古くから男女問わず愛された色だったというが、
衣の色が年ごとに少しずつ藍が濃くなってゆくのを、
当時の人たちは、どんな気持ちで受け容れ、
袖を通していたのだろう。

大人になる喜びや、
もう少し若いままでいたい切なさや、
老いの哀しみや…。

色に込められた意味は、時を越えて
人の気持ちを想像させる喜びも与えてくれる気がする。

また、今ふうに見ると、
二藍(ふたあい)とは、
二つの愛や、
二つのアイ(英語の“私”)などの
意味に通じるようにも思われる。
二藍の名を人に言わないまでも、
身にまとうときに、
ふと、自分なりの意味や思いがよぎって、
密やかな喜びを味わわせてくれるような。

紅かったり青かったり、と、
微妙に移ろう色合いの紫陽花も、
そんな愉しみをたっぷりと含んで
ぽってりと心豊かに咲いているように見える。

香りが放つ、やさしい色。

ものには、色があり、香りがある。
色が香りを思い出させてくれることもあり、
また、
香りが色を思い出させてくれることもある。

香色は、「こういろ」と読む。
黄みのかかった明るい灰黄赤色。
ベージュといえば、わかりやすいかもしれない。

その名も香り立つように美しいけれど、
平安時代はとても高価なものとされ、
あらたまった訪問の装いにも使われた色という。

この色が香色とされたのは、
木欄(もくらん)という香りのある樹の皮で
染められた色だから。

遠い昔の人たちも、
この色に包まれたときの記憶を、
匂いとともに思い出したりしたのだろうか。

匂いの記憶のはじまりは、
小学校の参観日。

母親たちが教室に入ってくると、
化粧品の香料の匂いが
教室中に充満した。
姿を見ないまでも、
匂いから親たちの視線を感じて
緊張したものだった。

あの時代独特のきつい香料のイメージが強くて、
二十歳を超えても、化粧する気になれなかった。

とはいえ、高校時代は、シャワーコロンが大流行。
安いコロンを盛大にふりかけて、
制服の汗臭さを隠したものだった。

体育のあとの更衣室は、
消臭スプレーとコロンの匂いが
室内いっぱいにたちこめていた。

大騒ぎしながら、さまざまな思いをこめて
シャワーコロンを何本も使い切った。

卒業式のあと、部屋にかかったセーラー服から
消えなくなったコロンの匂いがした時、
この香りも、制服も、終わってしまったんだな…
と、しみじみと眺めた。
寂しさがこみあげた。

今もその時の寂しさを思い出すと、
ほんのりとあの香りが鼻腔によみがえってくる。
柑橘系の若い香り。

香りは、体内に残された写真のように
その日、その時のシーンを生き生きと
思い出させてくれる。

今日の記憶はどんな香りになるのだろう。

誰かが私のことを思い出してくれる時、
鮮やかでなくてもいい、
やさしい、この香色のような記憶が
ほんのりよみがえるような、そんな存在でいたい…
そう願う。

あまいろの空を見上げて。

天色。
「あまいろ」と読む。
晴れ渡った、澄んだ空の、鮮やかな青色。

「あまいろ」という読み方が好きだ。
七夕が近いこの時期、やはり「天の川」を思い出す。

残念ながら、
まだほんものの天の川を見たことはないのだけれど、
子どもの頃から、
一年に一度、晴れれば会えるという
織り姫と彦星のお話には、
幼心にも甘いときめきを感じて、
何度も夜空を見上げたものだった。

織り姫と彦星が無事に会えて、
私の願いもかないますように。

毎年、笹の葉に願いをししためた短冊を
きっちりと落ちぬように結んだ。

「あまいろ」という読み方が
好きな理由が、もうひとつある。

我が故郷「天橋立(あまのはしだて)」も
「てん」ではなく、「あま」と読むから。

天に架かる橋。天橋立。

その街を離れるまで、年上の人たちが、
進学や就職で、天橋立のある街を離れていくのを
何度も、何度も、見送った。

「いってらっしゃい」。

笑って見送りながら、寂しかった。
もう見送るのは嫌だと、ずっと思っていた。

やがて、見送られる立場になって、ほっとしたのと同時に、
「ただいま」が、
それまで感じたことのないほど、
安心と喜びに満ちていることを実感した。

迎えてくれて、見送ってくれる人のいる安心感。幸福。

とはいえ、「ただいま」と「いってらっしゃい」は、
永遠に続くものではないことも知った。

何かのきっかけで、ふっつりと会わなくなったり、
または、生きているこの世界では、二度と会えなくなったり。

どんなに願いを短冊にたくしても、
かなわないことも年々増えていった。

それでも、やはり、あたたかい言葉。

「ただいま」と「いってらっしゃい」。

今年の七夕は、
天色の短冊に願いを書く思いで、
天の川のかかる夜空を見上げることにしよう。

雨がふりませんように。
織り姫、彦星が「ただいま」と笑いあえますように。

共に歩む人を見つけて、
新しい人生をスタートさせる娘にも、
「ただいま」と「いってらっしゃい」を
大切にして、笑顔に満ちた暮らしを築いてほしいと願う。

だから、この言葉を届けよう。

いってらっしゃい!

思ひは、火の色に似て。

鮮烈な思いは、何色をしているだろう。

思色(おもひいろ)は、緋色(ひいろ)の別名、
同じ色だ。

緋色は「火色」とも書く。
明るい、少し黄みがかった赤色で、
「思ひ」の「ひ」と、
「緋色」の「火」をかけて、
火のように燃える情熱を表している色なのだ。

熱く燃ゆるような思ひの色は、
記憶の中で、ぽつんぽつんと赤く点るのだろうか、
それとも、全てを赤く染めていくのだろうか。

高校生の時、赤い傘を持っていた。
柄(がら)のない真っ赤な傘。

あまり大きな傘ではなく、
ひどい雨の日は、制服に雨がしみて重くなった。

それでも、赤い傘は、黒い制服、黒いカバンに
火が点るような明るさを与えてくれた。

嬉しいときは、傘がひらくような
悲しいときは、傘を閉じたまま雨の中を歩くような…
赤い点は、傘の色と重なって見えた。

 

淡い思いが実ったり、壊れたり、
友とわかりあえたり、仲違いしたり、
そのたびに、ポツンポツンと
思いが点ったり、消えたりして
赤い点を残していった。

今、思うと、ささいなことで
本気で怒って喧嘩をしたり、
幼い失恋に、学校へ行くのがつらくなるほど
傷ついて、泣いて、大騒ぎして。
あまりにたくさんの赤い点があることに
おかしくなる。

と、同時に、あの頃のように
心がすぐに燃えて、いきいきと
喜怒哀楽を表していた
やわらかい心は、かけがえのないものだったと
苦々しくも、懐かしく、愛しい気持ちになる。

今も、折り畳み傘は、小さくて柄のない赤。

傘といっしょに記憶もひらいて
当時の切ない気持ちを思い出させてくれる。

ただ一所懸命で、不器用ながら突き進んだ
あの日の自分が積み重なって
今の自分ができている。

傘を開くと、あの日の思ひが頭の上に広がって
クールでいたい大人の私を赤く染める。

大人の分別や冷静さも素敵だけれど、
あの日の思「ひ」は、いつまでも消えないよう
大切に守っていきたい。

そんな思色の「ひ」なのだ。

夏の闇をのぞいてみれば。

涅色(くりいろ)。
涅(くり)とは、川底によどんでいる黒い土のことで、
かすかに緑みのさした黒色をさす。

陽射しの強い、暑い日には、
水辺が恋しい。
泥のある川でさえ、
光の反射が美しく、
ぼんやり見てしまうことがある。

暗さの中にも水の音、光があるだけで、
涼しさと、夏らしい輝きが感じられるのかもしれない。

幼い頃は、暗闇が怖かった。

実家は、住まいと工場がつながっていて、
夜になって電気を消すと
深い闇が広がり、
工場は、さながらお化け屋敷のような
恐ろしさがあった。

白生地を織る機(はた)が六台置かれた工場。

そこは、音が消え、人の気配も消え、
暗闇にうすぼんやりと白い絹糸が浮かび上がる、
夏でも冷え冷えするような寂しさがあった。

夜中に用足しに起きたときは、
その工場を横目に土間に降りて行かねばならない。
薄目を開け、なるべく余計なものを見ないように
行ったものだった。

ある時、工場に微かな光を感じて立ち止まった。

「火の玉!?」「ついに出た!?」

…泣きそうになりながら、
それでも、その時は工場に目を向けてみた。

吸い込まれそうな暗闇の中、
ふわりふわりと明滅する螢が一匹、飛んでいた。

螢の淡い光に、ぼんやりと浮かび上がる白い絹糸。
あまりに幻想的で、美しくて、
怖さを忘れて、夜中に一人、見入っていた。

あんなに怖いと思っていた景色が
恐怖以上に心惹き付けられるものに変わる。
それまで感じたことのない「美しさ」を感じた瞬間だった。

今でも、暗闇は怖い。怖い話も聞きたくない。
けれど、何か恐ろしいことが目の前に来たとき、
ふと、この時の光景を思い出す。

恐怖心に固く目を閉じていたら、
見るべきものを見失ってしまう。
それは、
恐れるに足らぬものであるかもしれず、
もしかしたら、その正体は、
意外にも自分を守ってくれるもの
なのかもしれないのだから。

涅色(くりいろ)は川底の黒土の色。

川の色を確かめて、土の色を認めて、
太陽の光の輝きをしっかりと感じられたら。
一つ一つの意味に気づくことができるはず。

夏は水辺が恋しい。
今年もあちこちの川を、そっとのぞきこんでみよう。

引き立ててこそ、輝く色。

胡粉色(ごふんいろ)は、
ほんのりと黄みを帯びた白色をさす。

胡粉は、日本画にも用いられた
白色顔料のことで、
奈良時代の文献にも見られるほど、
古くから使われてきた色だ。

日本の美しい白、といえば、
着物の衿の白がある。

とはいえ、なかなか街で着物姿の女性も見かけなくなった。
そんなこともあり、花街で見かける白い衿は、
日本らしい清潔な美しさを感じる。

舞妓さんが修業をつんで、芸妓さんになる日を
「衿替え」という。
刺繍や紋様のほどこされた、
華やかな舞妓時代の衿から
白い衿に替わって芸妓になる。
その白は、自立と精進の証なのだという。

色や模様で飾り立てされなくても、
白い色で、真っ向勝負。
そんな印象をもつ。

また、ほんのりと黄みを帯びたこの胡粉色は、
あなたの色に染まります、という受け身な白とは
また異なる、やわらかく、でも揺るぎない自信をもって、
自己主張する色にも見える。
さまざまな想いをのみこんで、
人や、ものごとを受け容れるやさしさ、寛容さを湛えているように。

どんな色も、模様も、受け容れて、
引き立てる大人の色。
主張するまでもなく、
丁寧に為すべきことを果たしていれば、
その美しさは語るまでもなく現れる。
そんな誇りすら感じる。

若いばかりが美しいのではない、
真っ白だけが輝くのではない。
その年齢、その状況にあった色をまとう。
そんな大人の知恵も感じられる色、
それが胡粉色だと思う。