いと・ころーるを求めて。

秩父銘仙館へ行った。
これまで着物は色々
見てきたつもりでいたけれど、
銘仙という織物は、
ちゃんと見たことがなかった。

銘仙が作られる工程、道具の
展示を見てまわる。
大正から昭和初期の意匠も
たくさん見られ、レトロな気分に浸った。

あれこれと違いはありながらも、
気がつけば、そこに
丹後ちりめんの作られる工程を
重ねて見ていた。

私は「機(はた)屋の娘」だった。
父は糸の整経をし、
母が主に機を織っていた。

私にも家業の手伝いがいくつかあった。
束ねられ、固い紙に包まれた
絹糸の荷をほどくこと。
杼(ひ)に入れる緯糸を巻く管巻き。
縦糸を整経するための糸の配置。
織物業の家ならではの、
子どもの仕事だった。

自分の記憶の中でも、
もう薄ぼんやりとなっていたそれらの作業を、
展示を見ながら、
生き生きと思い出していた。

丹後ちりめんは、銘仙と異なり、
白生地を織る。
なので、色のついた糸を見ると、
「ちがう、これじゃない」
…そう思うのだけれど、
管巻きの機械や整経機を見ると、
懐かしかった。

糸、織物に関わるものは
すべて慕わしいのだと気づく。

銘仙館の中には、藍染のために
藍が建ててあった。
全く別のものではあるのだけれど、
我が家では土間に大きな桶を置いて
糸が染料につけられていたのを
思い出した。
夏は、水が腐ったような臭いがして
嫌だった。
糸が全体に浸かるように作業する
父の爪は、藍染の職人のように
青く染まっていた。

母が織ったちりめん。
それらを収納されていたロッカーを
開けると、ごわついた絹織物独特の匂いがした。

織機の縦糸も懐かしい。
銘仙は縦糸が1300~1600本ほど。
一方、丹後ちりめんは3800本ほどあるという。

この経糸を新しいロールの糸に
交換するときに、古い糸と継ぐ作業がある。
実家では、この手作業をする人を
「経継ぎ(たてつなぎ)さん」と呼んでいた。

機(はた)を止めたあとに、たてつなぎさんは
二人一組でやってきて、夜遅くまでの作業にかかる。

電気を消した暗い工場に、
作業中の機のところだけ電気がついている。
二人のおばさんが
静かに話しながら、手を休めることなく
糸を一本、一本つないでいく。

夜九時過ぎにお茶菓子を持っていく。
蛍光灯の下、白い絹糸が反射して、
おばさんたちのいるところだけ、
パーッと光るように見えた。

二、三時間ほどかかっただろうか。
深夜になって、作業の終わりを告げて
たてつなぎさんは静かに帰られる。
「おおきにぃ」とお礼を言って、
工場の電気を消す。

真っ暗な中でも、
繋がれた糸は、まだ白く光っているように見えた。

色とりどりの銘仙を見ながら、
白く光るような糸や、ちりめんを思い出していた。

結局、着物を着こなすこともできず、
和装と関わりのない暮らしの中でも、
白い絹糸は、自分の中に存在していると
改めて思った。

染められた糸は、自分の中にはなく、
ただ白い糸だけが流れている。
そして、見た色、出会った色を
その糸に着色し、名前を見つけ、
言葉にしてきたのだった。

それは、絹のように
しなやかで光沢のあるものなのか、
木綿のように素朴で強いものであるか。
まだ、私にもわからない。

いと、と、いろ(ころーる)。
これからも見えない糸に導かれ、
出会うものを撮り、言葉を紡いでいこう。

白い糸で結ばれた縁を
大切に結び、
私の目で、想いで、
好きな色に染めていくのだ。

さようならば、秋の色。

秋が深まり、
紅葉だよりなど聞かれるようになった。
冷え込む朝は、寒さよりも
葉の色づきが気になって仕方ない。

藤黄(とうおう)色は、
鮮やかな黄色。
採取される植物の顔料「藤黄」から
この名がついたという。

「イチョウ並木が鮮やかに色づいています」
という情報に、いてもたってもいられずに、
秩父を訪れた。

当日は、「雨ときどき曇り」予報。
けれど、目的地にたどり着いた時は、
笑ってしまうほどの土砂降り。
激しい雨の中、
誰もいないイチョウ並木を
ずぶ濡れになりながら撮って歩いた。

雨に煙る景色の中では、
やわらかな黄色に見える並木道。
膝から下が重くなるほど濡れながら、
近づいてよく見ると、葉はまだ若い黄色。
雨にぬれることも楽しむように
キラキラと輝いている。

雨の重さを、ときどき振り払うように、
パーンと弾けて水しぶきあげる葉っぱたち。
溌剌とした瑞々しい命の輝きを見た。

その眩しい色は、
華やかに見えながらも、
落ち着いた日本の秋景色の色。
藤黄色は、古くから日本画の絵の具、
工芸品の塗色として珍重されてきた
和の色だ。

並木道の木々を包む、
たっぷりとした藤黄色の葉は、
時にハラハラと落ちていく一枚一枚に、
「さようなら」
と、手を振るように見送っている。

いつか、自分も落ちてゆくことを
知りながら、やさしく見守るように。

「さようなら」の言葉は、
「それなら」「それでは」
という接続語から来ているらしい。
“さようならば(それならば)、これで別れましょう”
から生まれた言葉という。
時が満ちて、枯れてゆく。
それでは、これで。
と、落ちてゆく。

人も木々の葉も同じなのだなぁ。

若い頃は、老いることなど思いもせず、
その姿や動きは、自分には関係ないものと
思っていたようなところがあった。
枯葉になって落ちていくのを
無邪気にバイバーイ! と
手を振ってしまうような。

さまざまな色のイチョウが見られる
その並木道は長く続いていて、
時に汽車型の園内周遊バスがやってくる。

遠足の子供たちが傘さして進む。
雨の中も楽しそうに賑やかに。

それを見守る優しい老人のように、
ゆっくりと注意深く、
誰も乗せずに、寂しそうに去ってゆくバス。

おそらく今年はオープンしなかった
バーベキュー場やレストランも
引越しのあとのように
しんとしている。

静かな夏が過ぎて、
さみしい秋が来て、
やがて身も縮む寒さの冬がくる。

来月末にはもう、
今は藤黄色に輝く葉も落ちて、
景色は全く変わっているだろう。
うらがれたイチョウ並木の光景に
この秋の景色を懐かしく思い出す人は
いるだろうか。

毎年、季節や自然の色に
「それならば、これで。」
と、別れを告げて来たのに、
今年はそれも言えなかったような
あっけないような寂しさが胸にある。

いつも通りのようで
全く異なる2020年の秋。
せめて彩りだけでも
いつもよりうんと鮮やかであるように願う。

冷たい風の中、
その願いだけは叶えられそうな気がしている。

実りのときの色。

二ヶ月ぶりに撮りに行った。
景色が驚くほどに秋めいて、
彩り豊かになっていた。
濃く深く、鮮やかにして優しい秋の色。

仏手柑(ぶしゅかん)色は、
深く渋い緑色。
仏手柑(ぶしゅかん)とは
シトロンの一種。
調べてみると、
高知の四万十で栽培されている果実、
「ぶしゅかん」の色が
この色に近いと思った。

十月になった。
暑さの余韻があるように、
夏の名残が、まだあちこちにあると思っていた。

けれど自然は、
季節の変化を察知し、色を変えていた。
秋という字は、「実り」、
そして、大切な「とき」を意味する。

大切に育ててきた稲や果実がなる
実りの「秋(とき)」。
収穫のとき、喜びの季節だ。

外出自粛、ソーシャルディスタンス、イベント中止…
そんな世の中の動きの中でも
時が満ちたら、こんなふうに花が咲き、
稲が実り、景色が色づく。
もちろん、そこには丹精する人がいて、
日々世話をし、作業を行い、秋の姿へと導いてくれたのだ。
その尊さを、改めて感じた。

どんな時も、暦に従い、
やるべきことをやり、積み重ねていくこと。
その厳しさ、大変さを経たから
喜びの時がやってきたのだ。

秋の彩りは眩しく、美しい姿で、
そのことを教えてくれた。
振り返って、自分はこの数ヶ月、
きちんと成すべきことをやってきただろうか。
こんな時だから…と、言い訳をして
怠けてはいなかっただろうか。

その答えは自分で出さなくても、
「実り」として結果に現れる。
稲穂が重く頭を垂れているように
自分の中で積み重ねてきたものがあれば、
どっしりと肚の奥に感じられるものがあるはずだ。

景色をじっと眺めながら、
自分自身も見つめていた。
手応えは、とても頼りないものだった。

仏手柑(ぶしゅかん)色を探して
見つけた高知の「ぶしゅかん」。
その果実について調べているうちに、
五年前に高知を訪れた時のことを思い出した。

荒々しく雄大な桂浜、
可愛らしいはりまや橋、
のどかな山寺からついてきた猫…。
操作も構図もよくわからないまま、
目にするものを撮っていた。

今見ると、あぁ、せっかくの景色を…
と悔やまれ、再び訪れることができたら
どんなふうに撮るだろうかと
写真を眺めていた。

そして、「あ!」と気づいた。
カメラを変えて、たくさん撮って、
失敗を重ね、五年の月日がたった。
ささやかな前進らしきものもあり、
なにより撮ることを楽しめるようになり、
人生が豊かになった。
それは実りなのだろう。
そう思うと、喜びが胸に満ちた。

仏手柑色は、春の新緑とも違う
鮮やかにして、優しく包み込むような緑色。
雨風や厳しい暑さを越えた
花や田の実りの色を輝かせる、
ときめく色。

ときめくは「時めく」とも書き、
「よい時勢にめぐりあって栄えること」という意味を持つ。
かつての日常が戻るには、
もう少し時間がかかりそうだけれど、
いつかまた、きっと、時めく時は、やって来る。

あれから一年か…
もう五年も経ったのか…と、
思い出は、先の見えない現実から、
心を遠いところまで羽ばたかせてくれることがある。

秋を楽しもう。
また未来のどこかで、懐かしく思い出せるような
素晴らしい秋(とき)にしよう。

消えない炎の色。

手紙が好きだった。
中学、高校生の時は、帰ったらまず、
郵便受けを見るのが楽しみだった。
赤く四角い箱型の。
それを開けるとき、私の顔も紅く染まっていたと思う。

真朱(しんしゅ)色は、少し黒味のある赤色。
色名につく「真」は
「混じりもののない自然のままの朱である」という
意味を持つ。

中学の時、友人の紹介で
福岡の男の子と文通することになった。

最初の手紙を郵便受けに見つけた時は、
甘い秘密を持ったようで、ドキドキした。
急いで部屋に持ち帰り、
封を開けたのを覚えている。

写真も同封してくれていた。
福岡市内から離れた町の、
田んぼのあぜ道で、直立して写るペンフレンドは
丸刈りにジャージの素朴な少年。
足元がマジックで黒く塗られていたのを
透かして見ると、おじさんのつっかけを
履いていた。

その素朴さに親しみを感じて、
他愛もない話の手紙のやり取りが始まった。

「真朱」は「まそほ」とも読む。
「しんしゅ」と「まそほ」、二つの名前。

遠い町の知らない男の子と文通している、
などと知られたら、怒られる!
そう思って、
差出人の名前を女の子の名前にしてもらった。

「なおき」君を「なおみ」ちゃんに。
二つの名前をうまく使い分けて
互いの学校のこと、友達や勉強のこと、
遠い分だけ、誰に気遣うこともなく、
素直に率直に話していたように思う。

恋人でもボーイフレンドでもなく、
周りのほとんどの人が知らない交友関係、
ペンフレンド。
手紙が届くたびに特別なときめきがあった。

けれど、数ヶ月で突然、
「彼女ができました。ごめんね」
と、文通は終わることになった。
失恋とは違うけれど、
あぁ、私たちは異性だったのだと気づいた。

これまで通りに、彼女の話をしてくれたらいいのに…
と、思ったけれど、なおき君にすれば
彼女に悪いと思ったのかもしれない。

真朱にはこんな万葉のうたがある。

「ま金吹く 丹生(にふ)の ま朱(そほ)の色に出て 言はなくのみぞ我が恋ふらくは」

鉄を精製する真朱色の土のように、色には出さない、言葉にしないけれど。
私は恋い焦がれている…という意味。

恋とは言えなかったけれど、交流をなくしたことの
欠落感を誰にも言えない寂しさがあった。

もう来ないとわかっていても、
手紙を待って、毎日郵便受けを
のぞいていた。

最後の手紙から二年ほど経って、
高校生になったなおき君から、手紙が来た。

「バンドをやっています」という近況に、
モノクロの彼の写真が添えられていた。
見違えるほど大人っぽくなっていた。
いろんなことがあったのだろう。
私もいろんなことがあったよ。

そう思っても、何から書いていいのか
わからなくて、返事は出せなかった。

数年前、福岡を旅した時に、
もしかしたら、どこかですれ違っているかもしれないな。
そう思うと、ほのぼのと愉快な想いになった。

交流は途絶えても、
真朱のポストに手紙を投函するときの
弾む想い。
帰宅して真っ先に郵便受けを見て
手紙を見つけた時の喜びは、消えない。

誰の心の中にも、
秘めた炎のような思い出があって、
ふとしたきっかけでチロチロと燃えたり、
それを懐かしく見つめる時があるのではないだろうか。

レトロなポストは真朱の炎。
「なおみちゃん」は、元気でいるだろうか。

めぐる季節に、変わらない色。

緑に恵まれた町で育った。
海には松並木が見え、
ふりむくと木々繁る山があった。
風のぬくもりや
湿気とともに変わる緑の色合いは
季節の移ろいを教えてくれた。

太陽の光の下で、
陰影濃い夏の緑は、千歳(ちとせ)緑。
春の新緑よりも、暗く、深い緑色だ。
千歳とは、千年のこと。
千年ののちも変わらない緑という意味を表す
縁起の良い色名だ。

それほどたくさんの竹を見た記憶はないけれど、
生まれた地区は“藪ノ後”といって、
竹にちなんだ名だった。
そのあたりの人だけが知る
生家の前の通りは、竹花通りと呼ばれていた。
よそゆきの服で出かけるときは、
近所のおじさんから「お、竹花小町か?」と
声かけられたのも、くすぐったい思い出だ。

小学校に上がる前の
新しい靴を買ってもらった日。
伯母と近所の商店へ行ったところ、
足元ばかり見ていて
伯母とはぐれてしまった。
店の裏手で大泣きしていて、
顔見知りの人が家に連絡をくれたという。
店の名は「まつしまや」。
竹や松の多い町だった。

竹藪はなかったか、というと、
実は、家から少し離れたところにあった。
子供の足では、少しきつい坂道を登った
少し先に。
春の祭りの頃には近所のおじさん達が
筍を掘りに行き、
蜂に刺された、マムシがいたとか
恐ろしい話を聞かされた。
お盆に火の玉を見たという人もあり、
結局、その藪の中に足を踏み入れたことはない。

そんな生まれ育った町に、
今はなかなか帰れない。
訪れるたび、
記憶のかけらが消えていくように
変わってゆく。
けれど、あの竹林を思い出すと、
その町にいた頃の空気や匂いが
鮮明に蘇ってくる。

夏の湿気、夕立の前の不穏な空、
雨の後の土の匂い、
一つ一つが皮膚や鼻腔の奥に
残っていて、
「どこへ行こうと暮らそうと、
 お前はこの地で育ったのだ」
と、呼びかけてくる。

夏は帰省する友人の話を
聞いたり、SNSで見たりするからか、
余計にその声が聞こえてくる気がする。
帰る家もないのに、帰りたい。
これが愛着というものなのかもしれない。

千歳緑の「緑」の文字を
私はよく「えにし」の「縁」と
書き間違える。
千歳に緑のままのもの。
千歳に縁がつながるもの。
故郷の色は千歳緑で、
思い出す人たちと縁を結ぶ。

「秋扇(あきおうぎ)」という言葉がある。
涼しくなると不要になる扇子のように、
夏の盛りが過ぎて、
風を送らなくても良くなる時期のこと言う。
また、それを恋の盛りが過ぎて、
「寵(ちょう)を失った女性」に
たとえることもある。
なんと悲しく、意地悪なたとえか。

夏休みが終わって、
私に郷愁の念を起こす熱も
ゆっくりと冷めて、そろそろ扇子も不要となる。
けれど、愛着は消えず、縁が切れることはない。
千歳緑のように深く濃い想いで
つながっている。

陰暦九月の異称は「色取月(いろどりづき)」。
秋が近い。
変わらぬ緑を背景に、
色美しい季節がゆっくりとやって来る。
故郷にも、今いるこの町にも。

夏の景色をゆらす色。

景色を見つめる。
細部まで目をこらして。
すると、
細筆で描いたような線や、
光によって
濃淡に染め分けられた色を発見できる。

呉須(ごす)色は、深くて渋い青色。
磁器や陶器の、
青絵の染付けに用いられる顔料の色だ。
「呉須」とは、コバルト化合物を含む鉱物のことで、
中国の呉須鉱石の産地名から、この名がついたという。

水面の中に見え隠れする
呉須色のさざ波。
それは、湖面を細筆で絵付けした、
ガラスの器にも見える。
太陽の光を浴びてきらめく、
眩しい夏の器。

湖の向こうには、
ひと筆書きのような山々も
青く静かに佇んでいる。

青の階調が眺めるほどに鮮やかで、
空に湖面に、山々にと、
どの色調も見逃すまいと、
心忙しく楽しい。

子どもの頃、
「夏休みの思い出」の
絵を描く宿題があった。
海に行くことが多く、
毎年、海水浴の絵を描いたものだった。
そして毎年飽きることなく、
単調な水色の海、
黄土色の砂浜、赤い太陽を塗っていた。

ある年の夏休み、
友達の家で、水彩絵の具を使って
海を描いていたら、
絵のうまい、友達のお姉さんがやってきて、
私たちの絵を見てくれた。
あまりの平板さに、濃紺の絵の具を出して
さっと波を描き加えてくれた。

ベタ塗りの海に波がたった。
他にも緑や黒や白を足して、
ささっと筆が入るたびに海が呼吸し始めた。
まさに〝色の魔法〟だった。

そんなことを思い出しながら、
モーターボートやサーフボードが
流れて行くのを見ていた。
きらめきの泡を立て、白い波跡を残し、
それを縁取るように呉須色の線が見えた。

一瞬一瞬、光のように現れて消える
その連続の中で、
ずっと線を描き、
デザインしているようなさざ波。

見えてもつかめぬ水面の波のように、
風も描くことができるだろうか。

風に吹かれ、
チリンチリンと音を立てて、
揺れる呉須色の風鈴。
ゆらゆらと短冊が揺れて
形のない風の走る姿を心に描かせてくれる。

目に見えなくても、
向かう方向は肌に感じられ、
耳に涼しい音色が
爽やぐ思いにしてくれる。

日本海沿岸で、沖から吹く、
夏のそよ風のことを「あいの風」という。
海の色と香りを抱いて吹く、
藍(色)の風を思わせる名だと思う。
風の中に、呉須色の線を感じられるような。

暗いニュースに塗り込められたような日々も、
よく眺め、耳をすましてみれば、
嬉しいことや楽しいことが、
小さな風を起こしたり、
さざ波のように心を動かしてくれる。

心の絵筆で、それらを見つけて描き出し、
爽やかな色や形を取り入れたら、
今、この一瞬一瞬も違う景色になるかもしれない。

暮らしを、心の中を、
自分らしく描いてみよう。
「新しい生活様式」は、
これまでと違う暮らし方が求められる。
寂しいこともあるけれど、
変わった方がいいこともあるはずだ。

暗い色、明るい色、
それぞれの色を引き立てながら
この夏の思い出を、
そして未来を描いていこう。

新しい季節に向けて。

暑さに溶け出す、あわいの色。

夕暮れの雲に鳥の形を見つけると、
思い出す鳥の名がある。

トキ。
トキは白い鳥なのだけれど、
飛ぶときに見せる翼の内側、
尾羽、風切羽(かぜきりばね)の色が、
黄みがかった淡くやさしい桃色になっている。
それを鴇(とき)色という。

トキは、遠い昔、どこにでもいる鳥だった。
現在では、日本に野生のトキはおらず、
絶滅危惧種の鳥となっている。

テレビや本でしか見たことのない
私にとっては幻の鳥。
なのに、飛ぶ姿や色の美しさが忘れられず、
夕暮れの空に、その姿を探してしまう。

夏の太陽は、強くまばゆく熱を放つ。
汗をふきふき、少しでも暑さ和いで…と、
日が暮れるを待つのに、
沈む夕陽が、あまりに綺麗だと
なんだか名残惜しくなる。

「行き暮れる」という言葉がある。
行く途中で日が暮れる、という意味。
夕陽を夢中になって見ているうちに、
気づけば夜の帳が下りて、
今いるところも、行き先もわからなくなる…
そんな気持ちになってしまう。

暮れなずむ、行き暮れる…。
黄昏の言葉は、美しく、危険な甘さもあって、
熱にほだされたように、うっとりしてしまう。

黄昏どきは、「誰そ彼(誰ですかあなたは)」と
たずねる薄暗い時。
夕陽を背景にした人の姿が
もう会えなくなった人に見えるときがある。
その人ではないとわかってのに、懐かしく慕わしく眺めてしまう。

また、スマホで夕陽を撮っている人も見かける。
思いつめたように送信している人の姿には、
この美しさを見せたい、感動を伝えたい人があるのだという
切なさが溢れていて、つい見とれてしまう。

無邪気に遊ぶ人たちの姿には、
かつての自分の姿を重ねて
微笑みながら、遠い昔を顧みる。

そんなふうに
あやしく美しい夕陽の魔法の中にいて、
気がつくと、あたりが真っ暗になって、
帰り道が見えなくなる。
行き暮れてしまうのだ。

鴇色は、江戸時代の染色の見本帳によっては
「時色」と表記されていることもあるという。
借字とはいえ、
時を忘れさせ、さまざまな時へと誘う色。
魔界へと放たれた鴇、その色らしい文字にも思える。

夏の夜空に弾ける花火にも、
鳥の羽が広がったような形や
鴇色はなかっただろうか。

夏は、きっぱりとした空の青、雲の白、
そして夜の漆黒の暗さを持っていながら、
その間に、心和む夕暮れの色がある。
暑さに疲れた体を癒してくれる
やさしさのような淡い鴇色が
熱と湿った空気を伴って、
身も心も包み込んでくれる。

昼と夜のあわいの色合いをさまざまに
混ぜて溶かして見せながら…。

何もかも、例年とはちがう今年の夏だけれど、
その色のやさしさ美しさは、
変わらない。

行き暮れた日には
家の灯りのように。
失望や悲しみに襲われた時は、
胸の中で負けまいと灯す炎のように。
きっと、明るく輝いている。

いつか見る色、水の色。

水面の眩しい輝きは、
賑やかにはしゃいでいた、
遠い日の楽しい時間を思い出す。

水縹(みはなだ)色は、
明るい青色をさす。
「みずはなだ」とも読まれ、
万葉集にもその名は使われている。
今日では「水色」と呼ばれる色。

短大一年の秋、
男女五人グループで
大阪から電車で神戸に向かった。
車窓から海が見えると、みんなで
「海だ! 海だ!」と子供のようにはしゃいでいた。

その日があまりに楽しくて、
夏休みには、北海道に行こう!
という話になった。
レンタカーを借りて、広い道内を
食べて廻って、今しかできない旅をする。
そのために、みんなで
バイトをして貯金しよう!
そう決めて、プランをたて、
まだ見ぬ北の国に行くのを楽しみにしていた。

けれど、夏休み直前に、
グループの中でカップルになった二人が喧嘩、
別れる別れないの話になって、
プランからあっけなく離脱してしまった。

メンバーを替えて、プランを進めようとしたけれど、
なんとなく白けてうまくいかなくなって
その旅はなくなってしまった。

以来、北海道、と聞くと、
遠く憧れながら、どうしても行けない
幻の地のように思われた。

それから二十数年たち、
インターネットの時代が訪れ、
幻の地であった北海道に友だちができた。

そして、色々なタイミングがうまく重なって、
2009年、ついに北海道へ旅する機会に恵まれた。
嬉しくて、ガイドブックに首っぴきで、
旅のプランをたてた。

かつて計画した旅は、
レンタカーであちこち巡る予定だったが、
私は車の免許を持っていない。
電車やバスでまわる計画は、
時間も距離も読めず、
実現できなかった旅のことを思い出すと、
また少し悔しくなった。

それでも、初の一人旅。
期待と少しの不安を抱き、
なんとかなるだろう! と、札幌の駅に降り立った。

改札には、北海道の友だち、Kちゃんが待っていてくれた。
「はじめまして」 なのに、
なぜか懐かしい! と思えたKちゃん。
初対面とは思えない親しさで、話がはずんだ。

私のガイドブックでたてたプランは
破茶滅茶すぎて、Kちゃんは笑っていた。
笑ったまま、あちこちに連れて行ってくれ、
ガイドブックには載っていなかった美味しいお店、
素晴らしい景色の中へ連れて行ってくれた。

小樽にも車で連れて行ってくれた。
海が見えた。
「海だ! 海だ!」と、はしゃぎながら、
全部の夢が叶ったような喜びで胸がいっぱいになった。

あの日、どうしても行けなかった旅は、
この旅につながっていたのだ。

集めた資料、貯めたバイト料、
プランをたてたノート。
憧れた北海道旅行が叶わなかった時、
友だちに腹が立ったり、
実現できなかった自分が情けなかったり。

そんな気持ちは、全部、
この旅の感動で、水に流せた。
新しいきらめきを胸いっぱい抱えて。

今年も夏休みシーズンになった。
けれど、ウィルス感染のおそれなどもあり、
楽しみにしていた予定を実現できないことが
多い夏になってしまった。

それでも、楽しみは捨てずに持っていよう。
それは、得た言葉、知識、友人によってふくらんでいく。
ふくらんだ楽しみを、弾けないように
大切に抱え続けていけば、
いつか、思いもしなかった形で
叶えられるかもしれない。

今、見えているものが、全てではない。
少し遠くを見て、
楽しみや希望を持って、
健やかであろうと思う。

風通しの良い光景を
心に描いて。

想い出を、注いで澄ます器の色。

錫(すず)のぐい呑を買った。
お酒の味が澄んでまろやかになる、
と聞いて、どうしても欲しかったのだ。

「錫色(すずいろ)」は、銀色に近い明るいねずみ色。
光の中で、控えめに輝く色だ。

先日、母の見舞いに大阪に行き、
深夜、母の部屋の引き出しの整理をした。
すると棚の奥に、たくさんの写真が
無造作に入れられた紙袋を見つけた。

現れたのは古いモノクロ写真。
独身時代の父のものだった。
青春真っ盛りの父が、友人たちと
少し照れながら写っている。
バラバラに押し込んであったので、
時系列はわからない。

グループで写っている写真の中に、
父ひとりだけ、前列の女性の両肩に
そっと手をのせている一枚を見つけた。
美しく、優しく微笑む人だった。

その人とは他のグループ写真にも、
近くにいて写っているものが数枚あった。
…お父ちゃん、恋してたんやなぁ。
我知らず微笑んでいた。

海や山で遊ぶ父、時には演劇もしている父。
私の知らなかった姿がたくさんあった。
と、そんな写真の束の中に一枚の
色あせたハガキを見つけた。

差出人は女性。
美しい文字、サラサラと流れるような文章で
父の結婚へのお祝いの言葉と、
近況が書かれていた。
赤ちゃんがまだ小さく、手がかかって大変だけれど、
とても可愛い、と。
「貴方も子宝に恵まれなさいませ」。
その一文に、目がとまった。

生前、父から、どうしても叶わなかった恋を
あったことを聞いていた。
詳しくは知らないけれど、
色々な事情があったのだろう。

叶わなかった恋は、ずっと続くのか…。
大切な思い出として語る父の姿に、
ふと、そんなことを思ったのを
覚えている。

錫色は別名「銀鼠(ぎんねず)」ともいう。
銀鼠は水墨画でいうところの
「墨の五彩(ごさい)」の中の「淡」、
二番目に薄い色だ。
この「五彩」とは、墨の濃淡によって
「無限の色が表現できる」という意味。

父の若き日の写真はすべて白黒。
写されたシーンには様々な濃淡があった。
写真も手紙も、
その時、その時の気持ちによって
濃くなったり、淡くなったりして、
記憶の中でさまざまに蘇っていたのだろう。

本人がいなくなった後も、
こうして私に何かを伝えてくるように。

明るく楽しいことばかりでは、
きっと心の色合いの濃淡も、
単調になってしまうのかもしれない。

ハガキの人は、父の好きな人だったかどうかは
わからない。
深読みしすぎだ、と天国で笑っているかもしれない。

けれど、
「子宝に恵まれなさいませ」という一文を
受け取った父の気持ち。
それを書いた女の人の気持ち。
真実はわからないままでも、
叶わなかった恋の最後の手紙だとしたら…
切なく美しく、いつまでも光を放つように思われる。

錫は錆びない金属だという。
叶わなかったから、錫のように
ずっと錆びず汚れず残る想いもあるだろう。

錫のぐい呑の中を覗くと、
銀色に輝く器に、夜の闇が
ひっそりと映る。
静かに飲み干すと、
闇が胸の奥に落ちていく気がした。

そ〜っとのぞいて見てみたら…。

うすぼんやりとした記憶の中で、
光の粒子がキラキラと輝いている。

瓶覗(かめのぞき)色は、白に近いうすい水色。
瓶覗とは、藍染される布をほんのわずか瓶に浸けただけ、
まるで瓶の中を一瞬覗いただけのような淡い色から
この名がついたという。

短大に入り、学校をちょっと覗いたくらいの五月。
同じ下宿のSちゃんに、英語クラブの
新入生スピーチコンテストに
出ようと誘われた。

そんな自信も度胸もなく、絶対嫌だ! と
コタツにしがみついたが、
ずるずるとコタツごと
部屋の外まで引っ張られた。
あまりの怪力に大笑いして、気がつくと
出場希望者の列にいた。

コンテスタントは二十名ほど。
その中には、数々のスピーチコンテストで
入賞経験がある、というツワモノ(!)もいた。
場違いだ、帰りたい…と思いながら、
先輩方の指導による練習が始まった。
もう引き返せないレールに乗ってしまったのだ。

その日から毎日、放課後、
教壇に立ってスピーチをする。
声は震える、記憶は飛ぶ、腹式呼吸もへなへなと
しおれるような小さな声。
そして、練習の後の反省会。
一列に並び、先輩方のコメントをいただく。
当然、毎日叱られる。
先輩の怒声にビックリして、コメントを取る鉛筆の芯が
ボキッと折れたこともある。

日々の練習の甲斐もなく、
成長も充実感もなく、
あるのは不安と自己嫌悪ばかり。
そんな自分に落ち込んでいたところ、
去年の出場者である同じ下宿のN先輩が、
遊びにおいでと声かけてくれた。

夜、先輩の部屋に行くと、ニコニコと
迎え入れてくれた。
先輩も当時はうまくできなくて、毎日毎日
叱られてつらかったことを聞かせてくれた。
でも、練習最終日、いつも怒鳴られていた先輩に
しみじみと「…うまなったなぁ」と褒められて
涙あふれて、コンタクトが落ち、
感動から一転、みんなでコンタクトを探した!
という爆笑ストーリーも話してくれた。
「大丈夫、みんなうまくなるよ」
というN先輩の言葉。
折れそうだった心に、
優しい水を注がれた気がした。

とはいえ、発音、抑揚、表情、身振り…
それらをマスターすべきスピーチは難しく、
結局、最後までしみじみと褒められるほどの上達はなかった。

そして、コンテスト当日。
校内でも広い階段教室が会場だった。

いざ本番! となると、
頭が真っ白になって、棒立ちしてしまうのではないか。
そんな不安に震え、縮み上がっていた。
ただただ、怖い。

誰のスピーチも耳に入らず、
ずっと脳内で原稿を読み続けていた。

やがて自分の順番が来て、壇上に向かう。
足の感覚がなく、全身がふわふわと宙に浮いてるいるようだった。
定位置について、観客席を見上げた。
耳がキーンと鳴る。

すると、視線のずーっと先、
階段教室の一番奥、最後列の真ん中に
N先輩と友人が見えた。
満面の笑みで大きく手を振ってくれている。

私をリラックスさせようと、
精一杯、静かに、派手に、おもしろく。

その二人の姿に、ふっ…と心が緩んだ。
あ、私、笑顔になってる!
そう思うと、ひとつ、息を吐き出せた。

シュポン! と、栓のあいた炭酸水のように、
なんとか記憶通りにスピーチしていた。

でも、きっと緊張して早口になっていたのだろう。
規定の時間よりも、少し早く終わった。
ほんの数秒の沈黙。

…これで、終わりだ。
そんな解放感もあって、もう一度、
会場をゆっくりと左から右に見渡した。

右手には大きな窓があり、
晴れた六月の空がちらりと見えた。
教室の中は、差し込む光にホコリが
キラキラと光って舞っていた。

結果は、入賞にかすりもしなかった。

けれど、静かな達成感があった。
たくさんの人に励まされたり、叱られたり、
怒ったり、笑ったりしながら、
それまで知らなかった言葉の魅力に出会った一ヶ月だった。

人も、未経験なことも、
遠くから覗いていただけではわからない。

瓶覗色は、もう一つ、瓶の水に映った空の色から
その名がついたという説もある。

空を映す水の色も、入ってみたら透明であるように
なんでも飛び込んでみなければわからない。

ダメでも、何にもならなくても、
挑戦してみることで得られる楽しさ、
清々しさに、すっかり魅了されていた。

六月の空の色。
遠い昔の瓶を覗くように眺めると、
まだまだ濃くなる強くなる、
さぁ頑張ろうと力をくれる。
…そんな優しい色である。