光あつめる真ん中の色。

雲居鼠(くもいねず)色は、
白に近い、明るい灰色。

「雲居」とは、雲のあるところ、
遠く、高く離れているところのこと。
こうした意味から、
雲の上の人や所、
つまり宮中をさす言葉とされていた。

あちこちで、色鮮やかに街を彩る
イルミネーションが見られる季節になった。
雪の多い街に育ったからか、
白く輝く光には特に心惹かれる。

赤、緑、青の三つの色は、
「光の三原色」という。
この三色の重ね方で、色が変わる。
そして、三つの色を重ね合わせた
一番明るい色が白になる。

人も、自分以外の人たちに会うことで
様々に色を変え、
最後は、重ね合わせた
色の中心である白になるのだろうか。

たくさんの色に混じって、
真ん中にある自分、
それがきっと自分の核、
本当の部分なのかもしれない。

日々揺れる感情の中で、
濁った目や心が
会えたことで、
さっぱりと洗われるような
思いにさせてくれる
友達がいる。

ただ会えることが嬉しく、
たくさん話し、笑って、
そのことで
嫌な感情も吹き飛んで、
あぁ、会えてよかった!
と、思えることの幸福感。

今年もたくさんの再会があった。
待ち合わせる時は、
様々な思い出が彩り豊かに蘇り、
心ときめいた。

そんな思いがあふれて、
会った瞬間、発光するような
喜び、笑顔が生まれた気がする。

再会は、
偶然だけでは叶わない。
努力の賜物と思うようになった。

毎日、出会っては、別れる。
帰ってくる人もいるが、
去っていく人、
巣立って行く人もいる。

距離が遠くて会えない人も、
距離は近くても会えない人も、
会える時間を作ってでも会いたい人との
距離は同じのような気がする。

その人に会う時間を
作ろうとするところから
再会は始まっている。

誰かを大切に思う気持ちを
あたためながら、味わいながら、
日常の面倒なことも、
少し腹の立つことも、
縦にしたり、横に置いたりして
整理しながら、
その日、その時を、楽しみに待つ。

好きな人たちに会う楽しみは、
遠い空の雲を仰ぐ気持ちに、
ちょっと似ている気がする。

「雲居」という言葉の意味を思いながら、
昔の人たちは、
その色を身にまとう時
どんな心持ちだったのだろうと
思いを馳せる。

ひととき、雲の上のような人たちに
近づくような誇りと喜びを
持っていたのではないだろうか。

好きな色を身にまとう。
誰かに会うために、
好きな自分に会うために。

雲は遠いけれど、
いつも当たり前のように空にあって
私たちを見下ろしている。

来年は誰に会えるのか、
どんな楽しみが待っているのか
知ってるような明るさで。

思い出を映す色。

練色(ねりいろ)は、
ごく淡い黄味のかかった白。

三和土

生糸を練り、にかわ質を落とすと、
光沢とやわらかさの出る絹糸になる。
それが漂白前の練り糸の色、練色だ。

織物業の実家には
いつも生糸があり、
粗末に扱うと叱られた。
生糸に育てられた、という想いは
今も強くあり、練色は特別な色だ。

糸

そんな糸に囲まれた実家を出て、
自分だけの巣を得たのは十八のとき。
四畳半ひと間、共同トイレ、共同台所の下宿。
同時期に入居したTちゃんとは
初めて会ったときから気が合い、
すぐに互いの部屋を行き来するようになった。

交通会館

海外生活の長かった彼女は、
これまでつきあってきた友人とは
異なる空気をまとっていて、
歯に衣着せぬ言葉で意見されることも
多かった。
部屋に鍵をかけていても
窓から入って来て、冷蔵庫のなかの
もので勝手に料理を始めたり。

枝垂れ梅

一人が好きな私のペースは乱された。
怒る私に、なんで怒ってるのかわからないような彼女。
もう絶縁かも? という大喧嘩もしたこともある。
そんなふうに人にぶつかったことのなかった私は
何か大きく自分が変わってしまうようで
「これでいいのかな? 」と不安になるほどだった。

梅

けれど、私の雑で荒っぽい言葉づかいを
「そういう言葉は使わないほうがいい」と
率直にアドバイスしてくれたのは彼女であり、
料理や服の買い方も「それではダメ!」と
姉の如くおしえてくれた。
その時は、納得できずにふくれたりしたけれど、
今思うと、ありがたかったな、と思う。

梅の見える窓

豪快に食べて、よく寝て、
言いたいことは言わずにいられなくて、
ちょっとトラブルメーカーで
困ったことも少なくはなかったけれど、
私が間違った方向にいこうとするときは、
本気で怒って、泣いていた。
他人が自分のために泣いて怒るのを
見たのは彼女が初めてだった。

そして、どんなに怒っても、
最終的に私が決めたことには、
怒ったことを忘れたように
祝福し、応援してくれていた。

羊

喧嘩をしてもわかりあえる
という安心感から、
私たちは、とにかくよく話した。
明日のことから、ずーっと先の、
見えない将来についても。

未来は、わからない分だけ
キラキラと輝いていた。

馬酔木

どうしようもなく悩み、落ち込んだときは、
下宿の非常階段に二人で
座り込んで、外が暗くなるまで
いつまでもおしゃべりしていた。
日が暮れて、干した布団に
背の高いTちゃんと私の
デコボコのふたつの影法師が
ぼんやり映って、夜の中にとけていった。

練色は、あの日の布団を思い出させる。

東京国際フォーラム

その布団を心のスクリーンにして、
若かった日の大笑いと、大泣きを
ときどき映し出す。
どんな時もくすっと笑えて元気になれる。

私がTちゃんに出会えたように、
人はみんな、出会うべきときに
出会うべき人に会えるのではないだろうか。

気がつくか、気がつかないかだけのことで、
白い世界に彩りが加わるように
ひとつの出会いが人生の扉を、
パーン! と
あけてくれる。

もうすぐ新年度。
色とりどりの新しい世界が、また、はじまる。

月にお餅に、暮れゆく年の色。

月白(げっぱく)色。
月の光のような淡い青味を含んだ白色をさす。

雪景色

暮れも押し迫ったこの頃、
白といえば、思い出すのはお餅つきだ。
子どもの頃は年末になると、
ご近所数軒がお向かいの家に集まり、
石臼で餅をつくのが暮れの行事だった。

広い土間に石臼が置かれ、
蒸し上がった、あつあつの餅米を
おじさんが杵をうち、
おばさんが合いの手を入れ、もちを返す。

三和土

子どもたちは、つきたてのお餅を
小さな丸餅にする。
年長の子どもは、少し小さめに。
年少の子どもは、頑張って大きめに。
鏡餅は、大人の担当。
立派な鏡餅が作られていくのは
職人技のようで見ていて飽きなかった。

当時、年末というと、
雪が積もっていて、
餅つきが終わって外に出ると
とても寒く、白く、静かだったのを
覚えている。

青森

やわらかく美味しかった
つきたてのお餅は
翌日には、固く冷たくなり、
別物のように感じたものだった。

三が日を待たずに、
ひび割れがしたり、
カビがはえて姿を変えてしまう鏡餅。
鏡開きの日、切り餅にするのに
ひと苦労する母の姿も
懐かしいお正月の光景だ。

鏡餅

今はもうお餅をつくこともなく、
あの日餅つきをしてくれた人たちの
何人かももういない。

けれどこの時期、
寒い夜道を歩いていると、
あの日と同じ年末独特の静けさがあり、
月は、一所懸命丸めたお餅が
空に浮かんでいるように見える。
丸いお餅は、満月か。
そういえば、満月は、望月。
もちの月だ。

サンタクロース

丸いお餅のような月を見上げると、
餅米を蒸した湯気の
あたたかさ、
あの日わいわいと時を過ごした
近所のおじさんおばさんの
声が聴こえるようで、想いが和む。

日本家屋

日々は積み重なって、
思い出は遠くなるけれど、
記憶は消えない。

消えないばかりか、
ふと思い出した時に、
のどかな気持ちになって、
やさしく心をあたためてくれる。

私は思い出で、できている。

世界貿易センタービルディング

新しい年がやってくる。
お餅のように、満月のように、
淡い青色をたたえた美しい想いで
新年を迎えよう。
どんな色も受け容れられるよう
濁りを落として、迎えよう。

クリスマスツリー

そんな気持ちでいたら、
きっとまた、いい色に染まる。
心地良い色になれる。
そんな予感がしている。

皆様もよいお年を。

引き立ててこそ、輝く色。

胡粉色(ごふんいろ)は、
ほんのりと黄みを帯びた白色をさす。

胡粉は、日本画にも用いられた
白色顔料のことで、
奈良時代の文献にも見られるほど、
古くから使われてきた色だ。

日本の美しい白、といえば、
着物の衿の白がある。

とはいえ、なかなか街で着物姿の女性も見かけなくなった。
そんなこともあり、花街で見かける白い衿は、
日本らしい清潔な美しさを感じる。

舞妓さんが修業をつんで、芸妓さんになる日を
「衿替え」という。
刺繍や紋様のほどこされた、
華やかな舞妓時代の衿から
白い衿に替わって芸妓になる。
その白は、自立と精進の証なのだという。

色や模様で飾り立てされなくても、
白い色で、真っ向勝負。
そんな印象をもつ。

また、ほんのりと黄みを帯びたこの胡粉色は、
あなたの色に染まります、という受け身な白とは
また異なる、やわらかく、でも揺るぎない自信をもって、
自己主張する色にも見える。
さまざまな想いをのみこんで、
人や、ものごとを受け容れるやさしさ、寛容さを湛えているように。

どんな色も、模様も、受け容れて、
引き立てる大人の色。
主張するまでもなく、
丁寧に為すべきことを果たしていれば、
その美しさは語るまでもなく現れる。
そんな誇りすら感じる。

若いばかりが美しいのではない、
真っ白だけが輝くのではない。
その年齢、その状況にあった色をまとう。
そんな大人の知恵も感じられる色、
それが胡粉色だと思う。

はじまりは、白。

白。

和の色(日本の伝統色)の中には、胡分(こふん)、鉛白(えんぱく)、
卯の花色…と、白にもさまざまな色と名前がある。
しかし、いわゆる「真っ白」な色に与えられている名前は、
シンプルに「白」なのだ。
それは迷いも、にごりもない、まっさらの色。

この花の色は、その名にふさわしい、きっぱりとした無垢な「白」。
はじまりは、ここから。