夏、懐、なついろ、ふるさとの色。

今回は、わたしオリジナルのいろ、
なついろ。
夏の、懐かしさの、さまざまな色を
「なついろ」とする。

わが故郷には、日本三景のひとつ、
天橋立がある。
海を分けるようにうねって伸びる砂州の形、
海の青と緑の松のコントラストも鮮やかな景観。
生まれたときから、
日常の景色の中に、その美しい眺めはあった。

高校二年の夏には、
「またのぞき」で
天に架ける橋(天橋立)を
眺める展望台でバイトしていた。
ケーブルカーとリフトの、
のりばの改札係だった。

ケーブルカーの改札では、乗客の安全乗車、
ドアロックを確認して、笛をふき、発車を見送る。
それは、なかなか気持ちよく、楽しい仕事だった。

毎日、眺める天橋立の景色も、
海の色も、時間ごと、日ごとに、
少しずつ異なり、空き時間に
どれだけ眺めていても
飽きることがなかった。

進学、就職、結婚、転勤…と、
どんどん故郷からは距離が離れ、
実家もなく、帰れない街になっても、
その景色は、ずっと心にある。

四年前に久しぶりに一人で
ゆっくりと帰り、街を見て回った。
街はすっかり変わっていて、
驚きの連続だった。
道は広くなり、あったものがなくなり、
なかったものがあり、
どこか知らない街のようだった。

それでも、日本三景の美しい眺めは
変わらずそのままで、
どこから見ても懐かしい景色だった。
それが、とても、とても、嬉しかった。

その街が、大雨にふられ、
過去にない災害に見舞われた。
ネットで見た、大雨による被害、
友だちから知らされる豪雨の恐怖。
まったく想像もしていなかったことが
街を襲ったのだった。

たくさんの穏やかで優しい、
故郷の色が、抗えない自然の大きな力に
さらされていた。

心配で、悲しい気持ちになったけれど、
日々、たくさんの方々が
元の美しい形に戻そうと
奮闘されている。

「風土がひとをつくる」という。
大変ななかでも、明るさを失わず、
励まし合い、力をあわせて
粘り強く闘う姿に、
胆力とは何かをおそわる思いだ。

四年前の七月に訪れた故郷の街も、
ひどく雨が降っていた。
久しぶりに展望台に上がったのに、
雨で景色が見えない…
残念がっていたら、
どんどん雲が流れて、晴れ間が現れた。

そして、雨に濡れて輝く
まさに「天に架かる橋」の景色を
夏空のもと、懐かしい「なついろ」に染めて
見せてくれたのだ。

その瑞々しく美しい姿は、
どんなに荒れた天気の日にも
厚い雲のむこうには、眩しいほどの太陽が
待っている…そのことを改めて教えてくれた。
あれこそが、私たちの強さと
明るさを育んでくれたものなのだ。

災害に遭われた街が、
一日も早く、元の姿に戻りますように。
この夏もたくさんの観光客でにぎわう
故郷の光景も心から願う。

砕けて、ふって、染まる色。

紫がかった深い青色、
群青(ぐんじょう)色。

古くから日本画に用いられた色で、
高価な鉱物を砕いて作られていたため、
宝石に匹敵するほどの貴重な色とされていた。

子どもの頃、16色のクレパスのなかで
「ぐんじょういろ」は、
直感的にわかりにくく、語感が重く、
気軽に使えない気がしていた。

深くて美しい
好きな青色なのに。

改めて調べてみると、
「群青」とは、
「青が群れ集まる」
という意味からこの名になったという。

“群れる、集まる”
というと、こんなにも重厚感が増すものか
とも思う。

「旅は、誰かと行くよりも、
一人で行くほうが
出会う人の数が多くなる」
とは、友人の言葉。

たしかに一人だと、
まわりに目をむけ、心を向けて、
さまざまな発見や、
出会いがあって、
手を差し伸べたり、差し伸べられたりする。
道に迷ったり、困りごとがあれば、
知らない人に声をかけたりして、
思わぬ親切に感動することもある。

一生のうちで、
私は何人の人と出会うだろう。
よい出会いは、
時間の色を深く美しい色に染めてくれる。
だから、心がけたいのは、
さりげない言葉の色。
誰かと話すとき、その言葉は、
やさしい色になっているだろうか。

言葉の数は、歳とともに増えてゆくけれど、
増えれば、増えれるほど、
重ねれば、重ねるほど、
伝わらない苛立ちを感じることも多い。

そう思うと、親しい友人との
楽しい時間と同じくらい、
一人の時間も大切にしなくては、と思う。

一人の時を大切にし、
いい色でいなければ、
集い、群れた時の色も、
美しくならない。

考えること。
人のことを想うこと。
それをきちんと言葉にすること。

そのために、たくさんの想いを味わい、
言葉の痛みやぬくもりについて
向き合う時間が必要なのだ。

傘のなかは、たいてい一人。
もの思うのに、ちょうどいい。

なかなか晴れない梅雨空の雨雲は
大きな鉱石のよう。

その雨雲が砕けて散った
雨粒がつくる景色は、
群青色のパレット。
雨に濡れた舗道には
群青色の街が
さまざまな色をにじませている。

一人だから
見つけられる色もある。

心の中の、ほの暗く重い鉱物を
どうすれば、砕けて美しい
群青色にすることができるのか…。

そんな思いをめぐらせながら、
やがて晴れる青空を思い、
「なんとかなる」と信じるのも、
雨の日の愉しみ方かもしれない。

せんせいのブランコ。

浅青(せんせい)色。
ほんのりくすみのある、明るい青。

あたたかく、
心地良い風のふく五月。

深呼吸して仰ぐ空が、
明るく、まろやかな青さの
浅青(せんせい)色だと、
あぁ、いい季節だ、
と、嬉しくなる。

子どもの頃は、
外遊びが嫌いで
春が来ても嬉しくなかった。

小学校一年の通知表には、
通信欄に
「太陽がこわいようです。
 休み時間は、教室にいないで、
 お友達と外で遊びましょう。」
と書かれていた。

人と話すのが苦手で、図工の時間に
「小豆ひと粒の大きさの絵の具を出しましょう」
と言われたのに、思いがけずたくさん出てしまい、
どうしていいかわからず泣いた。
まわりは驚き、なんで泣くのか理由を訊かれても、
ただ泣くばかり。
隣のクラスから、
幼なじみの友だちが呼ばれ、
なだめられても、泣き続けた。

今思うと、めんどくさい子どもだ。
でも、そのときは、
どうしていいのかわからなかったのだ。

そんなある日、
グランドで、自由に過ごす授業があった。
担任の先生は、歌が好きな女性で、
ブランコに乗って、
“空よ~、水色の空よ~”
と、トワ・エ・モアの「空よ」を
とても気持ちよさそうに歌っていた。

春の心地よい風にのって歌う先生の姿に、
とても素敵な「自由」を感じた。
先生の視線のむこうには、
淡くて明るい青色の広い空。

やさしい風、美しいメロディー、
そして、何かをすくいあげるように揺れるブランコ。

今いるところを、
きゅうくつに感じていた自分が、
ひょいとすくいあげられ、
どこか広いところに放たれるような
のびやかで、おおらかな想いになった。

今もその時の光景を、はっきりと覚えているのは、
あのとき、何かに気づいたのだと思う。

それが何だったかは、
はっきりと言葉にできないけれど。

こんなに空は広くて、
ブランコに乗って、歌うだけでも、
楽しくて朗らかな気持ちになれるんだなぁ、
という小さくても確かな事実に
気づけた喜びなのかもしれない。

その後、ゆっくりと、好きなことは好きなままに、
少しずつ、少しずつ、
自分のやり方で、世界をひろげて行った。

土日は、家でマンガを読んだり、描いたりしながら、
学校帰りには、友だちに自分の作った物語を話した。

今思うと、それもめんどくさい子どもだとは思うが、
マンガ描いて~と、見てくれたり、
物語の続きを楽しみに聴いてくれたりしてくれる
そんな友だちもいてくれることが、わかったのだ。

あの日、ブランコで歌っていた先生は、
消極的な私の中の、静かなエネルギーに
気づいていてくれたのだろうと思う。

高学年になってからも、
いつもどこか心配そうに、
でも、会うとニコニコとやさしく見つめていてくれた。

先生の包み込むようなまなざしが、
私を成長させてくれた。

トワ・エ・モアの「空よ」の歌詞の最後は、
「空よ おしえてほしいの
 あの子はいまどこにいるの」。
先生は、いま、どうしていらっしゃるだろう。

ふるさとから遠く離れた街に住む今は、
空に訊くしかない。
けれど、
浅青色の空をみると、
先生のあの日の歌を思い出す。

あの時と同じ空の色は、
永遠に、同じときに帰してくれ、
会いたい人に会わせてくれる気がするのだ。

ひとときの美しさを魅せる色。

今年も桜が満開に咲き誇り、
見上げる空に、
美しい花模様を見せてくれた。

しだれ桜

み空色(みそらいろ)は、
明るく澄んだ薄い青紫色。
桜を、花を、一番美しく見せてくれる
背景の色だと思う。

映り込み桜

み空は、漢字で「御空」と書く。
この「み」「御」は、尊いものなどを
美しく呼ぶためにつけるもの。
ほかにも「み雪」「み山」などと言う。

春の美しさの象徴ともいえる桜。
ここは是非、「み桜」と呼びたいけれど、
残念ながら、まだその呼び名はないようだ。

陽射し桜

また、「水温む」は春の季語。
四季折々の景色を映し出す水の色は美しいのだから、
きっとあるのではないかと探してみたけれど、
「み」をつけると「み水」。
「みみずいろ」だと、違う色になってしまう気がする。

三浦半島の海

そんな「み空色」。
きっと昔の人も「み」をつけることで、
空に限りない憧れと敬意をもって
こう呼んでいたのだと思う。

空

また、ひらがなの「み」がつくだけで
愛らしい少女のような、無垢で澄明な
春の清々しい空の色を思うことができる。
梅や桃、桜の背景にある空の色は
のどかで、あたたかく、優美なことこの上ない。

愛宕神社

その景色を、ずっと楽しみたくて、
たくさんの人たちが写真を撮るのだろう。
私も、ふわふわと風に散らされてゆく
桜のはなびらほどたくさん撮りながら、
それでも名残惜しくて、
去年は、雨の日にビニール傘にのったはなびらを
そのまま閉じて、真空パックにしてしまった。

はなびら

六月の雨の日に、傘を拡げると
真空パックにしたはなびらがあった。
四月のままの桜色が残っていて、
嬉しかった。

東京タワーと桜

けれど、それは、ひとときの喜び。
はなびらは、「そんな約束ではなかったね」と、
魔法がとけたように、
どんどん枯れた色に変色していった。

桜のはなびらは、散るべきときに、
その色のまま散っていくのが美しいのに、
悲しく枯れた色になり、
その濁りを傘にのこしてゆくはなびらは、
桜との約束をやぶった罰のように思われた。

一升瓶

毎年、春のあたたかさがやって来ると、
何に教えられなくても、素直に、見事に
花開く桜。
今年は雨にふられなくても、時期がくると
さっと散っていった。

映り込み桜

どれだけ写真を撮っても、
とどめたいと願っても、
時間は流れて、花は終わりの時がくる。
全て、決められていること。
自然の約束。

はなびら

観る者は、桜の姿を、色を、
その木の下で笑っている人たちを、
すべて季節の中のひとつの景色として
目に焼き付けて
今年の春を見送るのだ。
それが私たちの約束。

船とかもめ

はじまったら、終わる。
そのことを胸にとめて、
これから次々と咲く花たちを、
刻一刻と姿を変えてゆく春を、
心から愉しもう。

桜と空

春の「み空」は、
名残惜しく景色を眺める私を
きっと微笑んで見ていてくれるだろう。

勝ちたい想いにそえる色。

勝色(かちいろ)。
日本に古くからある、
深くて濃い藍色だ。

青森

名の由来は、染め物から。
藍を濃くしみ込ませるための、
布を叩く作業を「搗つ(かつ)」と言った。

鎌倉時代には、
この「搗つ(かつ)」が「勝つ」に
結びつくと、武士に好まれ、
武具などに多く用いられたのが
「勝色」の名の由来とされている。

小田原城

いざ勝負! という時に「勝ち」に
つながる何かを持ちたくなるのは、
昔も今も変わらないのかもしれない。

受験シーズンに
「勝ち」にちなんだお菓子を
食べたり、贈ったりするのも、
そういうことなのだろう。

ジェットコースター

私の学生時代にも、
そんなお菓子があったのだろうか。
あれば買っていたのだろうが、
食べた記憶がない。
もう四半世紀よりも、もっと昔のことになる。

受験で大阪に向かう日、大雪だった。

水たまり

駅まで遠いので、
前日に頼んでおいた
タクシーの運転手さんが、迎えの時刻に、
「車が出せない」と走ってやってきた。
雪に足をとられ、とられ走る、
運転手のおじさんの服の色は、濃い藍色。
それは、やや敗色がかった勝色だった。

もう間に合わない。
ダメなのか…と心曇らせたところ、
父が、雪の中から車を出して、送ってくれた。

雪景色

駅までの不安な道のり。
黙りこくった私に
「あかんと思ったら、なんでもあかん。
できる思ったら、なんでもできる」
父はそう言って笑った。

夜明け

間に合わないと思った列車には、
ギリギリながら間に合い、
ほら、大丈夫だったろう! と、
車から降りて、笑って見送ってくれた。

しかし、父もあわてていたのだろう。
陽気に手をふってくれたその足もとは、
雪に埋まってしまうサンダルで、
羽織ったカーディガンも
薄手のものだった。

由良川

あの時の、タクシーに乗れない…
もうダメだ、という気持ちと。
そこから、よし行くぞと決めて、
父の笑顔にもらった安心感と。

何かに負けそうな時は、
その二つの気持ちを思い出す。

ダメになりそうな時も
敗色を思うのではなく、
勝つと信じる。
勝色を想う。

明日館

武士のような勇ましさはないけれど、
あきらめない気持ち。
こつこつと叩かれてしみこんだ
勝色をにじませるしぶとさを持って。

この時期、身を縮ませて
テキストを抱えている受験生を
街で見かけると
皆に良い春が来ますように、と願う。

ジェットコースター

寒いけれど、澄んだ青の空。
辛い時も、耐えて、こらえていけば、
心に描く青がうんと深くなる。
その色こそが、
勝色だよ、と、教えてあげたいと思うのだ。

想いをしまう部屋の色。

納戸(なんど)色。
御納戸(おなんど)色ともいわれ、
緑みを帯びた深い青色をさす。

「納戸」という言葉を
知ったのはいつだろうか。
大人になって、家探しを始めたときに
知った言葉のような気もする。

辞書に当たると、
「中世以降は、一般に室内の物置をいい、
 寝室にも用いた」とある。

ほんのりと薄暗く、
ひんやりとしたなかで、
大切な何かが丁寧にしまわれている。
そんな空気を感じる「納戸」。

納戸色の名前の由来は、
薄暗い納戸部屋の色、
納戸の入り口にかける垂れ幕の色、
高貴な家の納戸を管理する役人の制服の色、
と、諸説ある。

どの説であれ、江戸時代から
人気の色であったらしい。

淡い色をも引き立てる色であるのに、
目立つことを嫌い、
控えめでありながら
惹き寄せられる粋な色、「納戸色」。

その名には、和の色に興味を持って以来、
ずっと心惹かれていた。

家の中に、ものをしまう部屋が必要なように、
人も、心の中に
薄暗く静かで、人には見せない
納戸のような部屋を持っていると思う。

大切な思い出、
姿を変えながら光る夢や希望。
ときおり、その部屋をのぞきこみ
励まされたり、反省したり、
こみあげる笑いに、力をもらったり。
歴史をたたんでしまいこんでおく
心の中の、とっておきの部屋。

「今年の思い出」という行李を、
また心の中の納戸に運ぶ時期がきた。

一年という日々は、ながめかえすと
広い海のようで、あちこちに
喜び、悲しみ、失望、愛情、
それに伴う笑顔や涙が漂着している。

深い海の底に落としてしまったものもある。
けれど、思いがけなく、こちらに流れてきてくれて
受け取ったものもある。

人が見たらガラクタのような日々も
成果も、自分には宝物。

そして、それは、海に出なければ、
得られなかったものばかり。

失くしたものを、いつまでも惜しむのではなく
感謝したい。
得られたものは、またより大きく膨らませられるよう
努力したい。

納戸色は、懐の深い色。
この色の海を空を、
それを眺めた日々の心の色を
思い出しながら、
今年の行李を
大切にしまおうと思う。

あいを見て、あいを知る。

藍色。
誰もが「あぁ、あの色ね」と、
知っていて、愛されている色。

私も大好きな色のひとつで、
学生時代、いわゆる就活スーツを選ぶ時も
濃紺でなく、少し藍色っぽいようなやさしい色で。
と、デパートの店員さんに相談したほど。

けれど、そこはお金のない学生ゆえ、
スーツでなく、
安いブレザーとスカートにしたところ、
家に帰ってよく見たら、
上下、色が少し違っていた。

そんなつまずきスタートの就職活動。
いわゆる買い手市場の年回りなのと、
わが成績も芳しくなかったことから、
なかなか決まらなかった。
せっかく選びに選んだ藍っぽい服を着ていても、
私に、また会いたいという会社は見つからないまま
就職戦線は終盤を迎えていた。

当時、同じ下宿の向かいの部屋に住んでいた友人とは、
気が合い、用がなくても互いの部屋を行き来していた。
彼女も私同様、就職先が決まっていなかった。

就活に、お金も心も使い果たし、
いよいよ「私たちどうなるんだろうねぇ」…。
と、暗い気持ちでぼんやりしていると、
彼女の実家から荷物が届いた。

レトルト食品に、新鮮な果物など、
元気のわいてくるようなおいしそうなものがいっぱい。
「これ食べて、元気になろう!」と言ってくれて、
いっしょに箱からあれこれと取り出していると、
なぜか、和菓子の箱のふただけが
ぽろりと出て来た。

ふたの裏には、

「楽しみにしていた釣りの日に、雨がふって行けなくなった。
 でも、また行ける日は来る。
 人生、あせらずにいきたい。」

と、マジックで書かれたお父さんのメッセージ。

それを見て、二人で黙り込んでしまった。
「就活がんばれ」とも、
「努力が足りない」とも、
「ダメなら帰って来い」とも、
書かれていない。
でも、応援してくれているあたたかさが、
さりげなく、確かに伝わってくる。

二人で、黙ったままじっとそれを見ていた。
「あせらず、がんばろう」
…そう言ったかどうかは覚えていないけれど、
そう思ったことは、今もはっきりと覚えている。

それからしばらくたった11月の終り。
クラスの友人たちにかなり遅れをとったものの、
二人ほぼ同時に、それぞれ希望の職種に就職が決まった。
どちらが先だったかも記憶にないけれど、
二人で泣く程、抱き合って、跳び上がって
喜んだのだった。

そんな彼女とも、卒業してからは
それぞれの仕事や暮らしに追われて、
なかなか会うことがなかった。

大阪の学校を卒業後、
偶然にも関東の同じ県内に住みながら、
去年再会するまで、年賀状のやりとりだけだった。
久しぶりの再会がかなったとき、
駅まで迎えに来てくれた彼女の車の中で
泣きながら大笑いした。
また会えたことが、ただ、ただ嬉しかった。

そして、先月。
一年ぶりに会ったとき、
彼女のお父さんが、再会した話を聴いて、
趣味の手仕事で、私のイメージにあう
ブレスレットを作ってくださっていた。

それは、出会いや愛に磨かれて、
まろやかな澄んだような藍色。
会いたい気持ちが溶けている色だった。

あまいろの空を見上げて。

天色。
「あまいろ」と読む。
晴れ渡った、澄んだ空の、鮮やかな青色。

「あまいろ」という読み方が好きだ。
七夕が近いこの時期、やはり「天の川」を思い出す。

残念ながら、
まだほんものの天の川を見たことはないのだけれど、
子どもの頃から、
一年に一度、晴れれば会えるという
織り姫と彦星のお話には、
幼心にも甘いときめきを感じて、
何度も夜空を見上げたものだった。

織り姫と彦星が無事に会えて、
私の願いもかないますように。

毎年、笹の葉に願いをししためた短冊を
きっちりと落ちぬように結んだ。

「あまいろ」という読み方が
好きな理由が、もうひとつある。

我が故郷「天橋立(あまのはしだて)」も
「てん」ではなく、「あま」と読むから。

天に架かる橋。天橋立。

その街を離れるまで、年上の人たちが、
進学や就職で、天橋立のある街を離れていくのを
何度も、何度も、見送った。

「いってらっしゃい」。

笑って見送りながら、寂しかった。
もう見送るのは嫌だと、ずっと思っていた。

やがて、見送られる立場になって、ほっとしたのと同時に、
「ただいま」が、
それまで感じたことのないほど、
安心と喜びに満ちていることを実感した。

迎えてくれて、見送ってくれる人のいる安心感。幸福。

とはいえ、「ただいま」と「いってらっしゃい」は、
永遠に続くものではないことも知った。

何かのきっかけで、ふっつりと会わなくなったり、
または、生きているこの世界では、二度と会えなくなったり。

どんなに願いを短冊にたくしても、
かなわないことも年々増えていった。

それでも、やはり、あたたかい言葉。

「ただいま」と「いってらっしゃい」。

今年の七夕は、
天色の短冊に願いを書く思いで、
天の川のかかる夜空を見上げることにしよう。

雨がふりませんように。
織り姫、彦星が「ただいま」と笑いあえますように。

共に歩む人を見つけて、
新しい人生をスタートさせる娘にも、
「ただいま」と「いってらっしゃい」を
大切にして、笑顔に満ちた暮らしを築いてほしいと願う。

だから、この言葉を届けよう。

いってらっしゃい!

おうちの色は、いとをかし。

生糸の入ったスカーフを見つけたと、母が贈ってくれた。

春の終りの空のような、薄い青紫のおうち色。
おうちとは枕草子にも登場する花、栴檀(せんだん)の古称だ。

実家が織物業だったので、子どもの頃のお手伝いも
糸にまつわることが多かった。
そんな日々を忘れないで欲しい
という気持ちが母にはあったのだろう。

もちろん忘れる訳がなく、この糸を見るだけで、
故郷が近くにやってきたような優しさに包まれた。

糸は細い。しかし、決して弱くはない。強くものを結ぶ。

家系図を眺めていたとき、
あぁ人は、こうして過去から未来へと
糸で結ばれているのだ、と思った。
誰かがいなくなっても、糸は切れたりしない。
つながりを保ち、未来につながってゆく。

家系図だけではない。
今は、ネットワークという見えない糸が、
遠くにいる人たちと
瞬時に結びつけてくれる時代だ。
時間や距離が隔ててしまった人たちとも、
空のむこうの網の目が
つながっていて、これからも無限につながってゆく。

いと、をかし。

 

はな色、なに色、はなだ色。

 

「はな」といえば、桜を思い出すのだけれど。
「はな色」とは「はなだ色」を短縮した名前で、
淡い藍色のことをさす。

はなだ色は、また別名「露草色」ともいう。
露草から出る藍色が、その昔、染めに用いられ、
その名で呼ばれていたのだとか。

さらにまた別の名を「月色」ともいう。

月は藍色ではないけれど、なぜ?
それは、染めに使われたことから
色が「つく」で、「つき色」、「月色」となったらしい。

野に咲く露草は、素朴でさりげなくて、
無邪気に摘んだ子どもの頃を思い出し、
見つけると、とても懐かしい気持ちになる。

そして、こんなに鮮やかな色をしているのに、
染めたあと、すぐに色がさめてしまうことから
移ろいやすい色(心)として、恋のうたにも詠まれている。

優しく、たよりなく、妖しげで。
まさに春のおぼろな月のよう。

はなと、つきと、はなだいろ。
ひとつの色なのに、はなだ色の空に月と桜の三色が
淡い春の景色となって、心に浮かぶ。