灯りをつけましょ三月に。

弥生(やよい)、嘉月(かげつ)、花見月(はなみづき)…。
三月は美しい異名を持つ。

紅緋(べにひ)色は、冴えた黄みの赤色。
古代、茜染で作られた緋色(ひいろ)は、
平安時代より重ね染めが行われ、
より鮮やかで赤い、紅緋色となった。
それは、神聖な色として、
巫女さんの袴の色にも使われる。

現在の「緋色」と言えば、この色をさすと言う。

今年は、三月になっても
ひな祭りの曲も聴かれず、
うっかりと忘れていた。

二月の末に宮崎の飫肥(おび)という街に
出かけて、あちこちに雛人形が
飾られているのを見かけた。
そこでやっと、
あぁ、桃の節句が近いんだ…と、
思い出したのだった。

人形を飾る雛壇に敷かれるのは
緋毛氈(ひもうせん)。
緋色は生命力を意味し、
魔除けの効果を期待できることから
この色が敷かれると言う。

私の雛人形は、男雛と女雛、
別々にもらったものだった。
金屏風、雪洞、緋毛氈も、別々にやってきたもの。
けれど、こじんまりとして、とても好きだった。

毎年、床の間に飾られていたが、
ある時、その部屋に応接セットが
置かれることになり、
雛人形は椅子に隠れて
見えなくなってしまった。

学校から帰ってきて、床の間の前に
寝ろこんで、いつまでも眺めていた。
隠れたつもりはないけれど、
宿題やお手伝いをサボっている、
と叱られた。

五段飾りの雛人形には
特別な憧れがあった。
友達や近所の家に
五段飾りの雛人形があると知ると、
見せてもらいに行っては
人形の着物、小さなお道具を、
一つ一つ飽きることなく眺めていた。

飫肥では、あちこちの家々に
様々な時代の雛人形が
工夫を凝らして飾られていた。
雛飾りや、明治の頃のままごと道具も
紅緋色に映えて、
一日中見ていられるような
細やかな美しさに心打たれた。

暮らしに役立つものでもなく、
おもちゃにして遊べるものでもない
雛人形。

子を想い、大切に保存されてきたから、
今、こうして見ず知らずの私も見せてもらえる。
雛人形は、親の願い、愛情、祈りの形だなぁ
と、しみじみ思った。

人形飾りを見て、庭園をまわり、
ふと見上げると、高く大きく枝を広げた木が見えた。
「あれは何の木ですか?」と、
園内を歩いていた受付の女性に訊くと、
「あれはねぇ、桐の木。
 ほら、タンスにする木の。
 大きいでしょう。
 昔は娘が生まれると、この木を庭に植えて
 タンスにして嫁入り道具にしたんですよね」

改めて見上げると、確かに枝の先が、
花札などで目にする桐の花の形をしている。

しばらくぼんやり眺めていた。
「親の願いですよねぇ」と、その人は言った。
「ほんとに」それ以上の言葉がなく
また、二人で黙って見上げていた。

今日、どこかで植えられた苗が
こんなに大きな木になる時、
今の悩みや煩いが、小さなものと
なっていますよう…そう静かに祈った。

風にしなる枝は、流れる時の
重さ、優しさ、強さに吹かれながら、
大地に広がる根の強さを信じている。

未来を信じよう。
さぁ、美しい三月が始まる。

似ている? 似ていない?

「あのう、〇〇さんですよね?
私、△△の妻です!」
と、挑むように声かけられたことがある。
子どもの保育園の運動会のことだ。

花萌葱(はなもえぎ)色は、強く濃い緑色。
萌え出る葱(ネギ)の芽のような緑色の、
萌葱(もえぎ)色の一種だ。
青い「花色」に黄色を染め重ね、
萌葱色に近づけた色なので「花萌葱」という。

突然、話しかけてきた人は、
「△△知らないんですか?」と
もう一度訊き、はぁ…と困惑する私を
置いて、「ほらぁ、ちがうって!」
と言って去って行った。
どうやらご夫君が
かつて親しかった女友達に、
私が似ていたらしい。

平凡な顔立ちだからか、
私はよく、ひとちがいされる。
行ったこともない場所に、いたでしょう?
と、言われたり
さっき向こうで見かけたのに、なぜここにいるの?
と、怖がられたり。
でも、そのよく似た人に、
私は会ったことがない。
もしかしたら、自分も驚くほど似ていたのだろうか。
話せば気があうような、
もう一人の私のような人だったのだろうか。

思い出すのは、遠い昔、
失恋した人にそっくりな人に出会ったことだ。
友人も驚いて知らせに来てくれるほど、
よく似ていた。
一度、思い切って話してみたら、
当然のことながら、声も話し方も
おそらく性格も違っていた。
がっかりしながらも、
そうだよな別人だものな、
と、納得したことがある。

花萌葱の色も、萌葱色に似せて作られた色。
萌葱色には、また黄色味を帯びた
萌黄色という別の色もある。
「もえぎ」と同じ響きながら、
同じじゃない! と主張する、
それぞれに個性ある色なのだ。

春が近づいてきた。
毎年、やってくる春だけれど、
去年の春とはちがう。
咲く花も匂いも同じなはずなのに、
風も、人も、私自身も少しずつ異なる。
全く同じ春など、ないのだ。

巡りながら、すれ違いながら、
人も、季節も、
ちゃんと向き合い、
見つめる心を持っていないと、
春はあわあわと過ぎて行く。

似た色、似た顔、似た名前。
あぁ、知ってる…と思っていたら、
実は全然知らないものだった、
ということもある。

出会った時に、新鮮な心で
見つめてみよう。
そんなふうに思えるのも、
新年度、新学期が始まる
春ならではの愉しみだろう。

運動会で、声をかけてきた人とは、
しばらくお互いに気まずかった。
けれど、その人の、
たっちゃんという息子さんと
娘が仲良くなって、私たちも
親しく話をするようになった。

「たっちゃんのお母さん!」
と娘が駆け寄ると、両手をとって、
優しく話しかけてくれる
愛情深い人だった。

転勤でその街を去る時に
寂しくなるね、と、うっすら涙を
浮かべてくれた。

その時から、何年も経った今、
テレビで、ある女優さんを見かけるたびに
あ、たっちゃんのお母さん!
と、思い出す。
もしかしたら、その女優さんを街で
見かけたら、「お久しぶり!」と
声かけてしまいそうなほどだ。

似ていることは、
時に大切なものを思い出させてくれる。
私に似た人は、
誰かに、私を思い出させてくれているだろうか。

滴る色がくれるもの。

関東でも雪予報になった寒い日、
風邪をひいて寝込んだ。
雪の気配のせいか、
小学校を休んだ日のことを思い出した。

蒼白色(そうはくしょく)は、青みを帯びた白色。
蒼白とは、特定の色を指すのではなく、
青みがかかった様子全般のことを言う。
「顔面蒼白」などというように、
蒼白には、不安や恐怖、不健康な響きがある。

子どもの頃は、よく風邪をひいた。
また、学校に行くのが
たまに気が重く感じられる日があり、
そんな日には、
こっそりとコタツに体温計を入れて、
熱のある演技をした。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、
家内工業でもあるからか、
両親は「休むか?」と、欠席させてくれた。

学校を休むとなれば、一日は自由だ。
誰もこない部屋で、うとうとしながら、
マンガを読んで過ごした。

お昼前になると
父と近くの病院に行く。
白い壁と、ほんのり青いリノリウムの床。
病院独特の匂い。
一気に自分の顔色が青ざめて
病人らしくなった気がした。

診察室に入る時は、
いつもドキドキした。
もの静かな先生、
聴診器を当てられる冷たさも
怖くて緊張した。
看護士さんの白衣、
キビキビとした動きも
背筋をすーっと寒くした。

病院から帰ると、再び一人の時間。
茶の間のコタツで寝ていると、
父を訪う人が次々とやって来た。

玄関からまっすぐに土間を抜けて
工場に行けるようになっていたので
客人は皆
「こんにちは~」
と、言いながら返事を待たずに工場に向かう。

物売りの人たちもやって来る。

近くのうどん屋さんが
へぎにのせた茹でたてのうどんを
配達してくれたり、
立ち売り箱にパンや練り物をのせて
売りに来るおばさんもいた。

工場の入り口にあるトイレの前で
そんなおじさんや、おばさんにばったり会うと、
「まあ、おねえちゃん、学校は?」と訊かれ、
悪いことをしていないのに、きまり悪かった。

一人のんびり過ごす自由と、
なんとなく居心地の悪い不自由さの間を
あっちこっちしながら、過ごす一日。

お昼を過ぎると、天気のいい日は
照る陽に温められて、
つららからポトポトポトポトと、
水滴が落ち始める。

下校時間を過ぎると、
その陽射しの中を雪合戦しながら
きゃっきゃと楽しそうに帰って来る友だちの声が
聞こえて来る。

たった一日休んだだけなのに、
懐かしくて、うらやましい、
少し遠くに感じる声。

私の知らないことが、色々あったんだろうな。
おもしろいことあったのかな?
そう思うと、取り残されたようで寂しかった。

「明日は行けそうか?」と
両親に訊かれると、元気に答えていけないと
思いながら、うん、と答えた。

取り戻した健やかさと、隠し持った楽しみで、
きっとその時の私の顔は、
うっすらと赤かっただろう。

蒼白色は、不思議な色名で、
紅みの明るい灰色もさす。
同じ一日、同じ私が、
青の蒼白色から、紅みの蒼白色に変わる。

つららから落ちる水滴も、
光の角度や、見る角度で色が変わった。
色でさえ、同じ名前で違う色を持つ。

たまには、同じものであれ、
ちがうところから見る大切さを
あの時間は教えてくれていた。

見つめていた時間は、
つららから落ちる水滴のように
私の心に何かを落としてくれていたのだ。

ベランダの水滴は、
それを思い出させてくれた。
私は、今もポトポトと滴る時間に
教えられている。