どうして「和の色」に、その名前の響きに、こだわるのか。
それはやはり実家が織物業であり、
白い絹糸に囲まれて育ったからだろうと思う。
白い絹糸が、白生地の反物になり、やがて美しい着物になる。
生活の中で当たり前に見ていたことが、もう見られなくなって
故郷の山を懐かしむように、恋しくなっているのだろう。
とはいえ、現在の私が着物に親しんでいるかというと、
もうすっかりいい大人になった今も着物を着るどころか
たたむこともできない、ていたらくだ。
それでも、やはり着物愛は胸の内に息づいていて、
美しく染められた絹糸を眺めるだけで、心動いて
時に涙ぐみそうになる(これは加齢のせいかもしれない)。
そんな想いが、美しい色を
自分のものにしたい! 閉じ込めてしまいたい!
という強い欲求になり、
写真を撮ることにつながってるような気がする。
あちこちに飛び散って輝いている色、
やさしい色、鮮やかな色、さし色、うちに秘められた色…。
さまざまに語りかけてくる色を撮って、私なりの「和の色」と
いう視点でこのブログにまとめ、呼び戻してみよう。
それが、このブログ「和の色ものかたり」の始まり。
写真は、祖母が編んだ帯締め。
きりりとした色合いで、きっちり編まれているが
当の祖母は、ゆるふわ系のひと。
これをお笑い番組など見ながら、けらけら笑って
お腹がすいたらテレビ下のボードからお菓子を出して
ぱくばく食べながら編んでいた。
そんなぬくもりがよみがえる、私にとって大切な和の色のものだ。