ちぐさにもの思う、年の始まり。

今年の恵方は南南東。
初詣は、車で都内の静かな神社へ出かけた。

千草色(ちぐさいろ)は、深く渋い青緑色。

千草色は、同じ読み方の
「千種色」と表記されることもある。
千種には、
「いろいろな、さまざまな」の意味があり、
千草は、
「いろいろな種類の草」の意味を持つ。

千草はもともと「露草」の別称とも言われ、
露草の色である空色に近い藍色をさす場合がある。

人混みを避け、
お参りを終えたあと、
あたりを歩いてみた。

休日のオフィス街は、ひと気なく、
異次元に転がり込んだような
不思議な感覚になる。

色をなくしたような静けさに
心も、しんとなる。

いつものお正月休みの光景なのに、
今年は少し色合いがちがう気がした。

また、ここに人が帰ってきて
いつもの日常が戻るのだろうか
という不安な空気を感じた。

さらに、
コロナ、コロナの毎日に
心も少し疲れていて、
広い通りに人がいないと
寂しいどころか、ほっとする自分がいる。

人のいる景色を撮るのが
何より好きだったのに、
出歩くこと、人のいる景色に身を置くことが
悪いことをしているように感じられる今。

こんな未来は想像していなかった。

誰も歩いていないオフィス街は、
それでも人の気配がする。
道にも建物にも
使い込まれたものの持つ空気を放っている。
静かでも、人々の手に足に馴染んだ
いろいろな色彩があちこちに見られる。

花も咲いている。
誰も通らない横断歩道も
きちんと赤、青、黄色と
色を変えている。

千草なる色の景色は
変わらないのだ。

今は、楽しい予定も考えられないし、
新年の希望にも満ちた抱負を語るのも
少しためらわれる。

けれど、日々の中にさりげない笑いは
きっとあるし、
制限された日々の中にも
楽しみも生まれる。
生み出すこともできるはずだ。

一年の始まりに、
明るい光を探してみよう。

休みが明けたら、
さまざまな物事が始まる。

どんな中でも、風は流れ、
季節は巡り、人も動き、生活はまわっていく。

今はできないことが多くても、
安全確認して、気をつけながら
千草色の信号を注意して渡るように過ごす。

光の中にいよう。
光の中にいられれば、
そこにある色に気づくことができる。

光が見えない日には、
うつむいてもいい。
そこには、きっと、
かわいい花がこちらを見つめている。
「負けずに咲こう」と笑っている。

実りのときの色。

二ヶ月ぶりに撮りに行った。
景色が驚くほどに秋めいて、
彩り豊かになっていた。
濃く深く、鮮やかにして優しい秋の色。

仏手柑(ぶしゅかん)色は、
深く渋い緑色。
仏手柑(ぶしゅかん)とは
シトロンの一種。
調べてみると、
高知の四万十で栽培されている果実、
「ぶしゅかん」の色が
この色に近いと思った。

十月になった。
暑さの余韻があるように、
夏の名残が、まだあちこちにあると思っていた。

けれど自然は、
季節の変化を察知し、色を変えていた。
秋という字は、「実り」、
そして、大切な「とき」を意味する。

大切に育ててきた稲や果実がなる
実りの「秋(とき)」。
収穫のとき、喜びの季節だ。

外出自粛、ソーシャルディスタンス、イベント中止…
そんな世の中の動きの中でも
時が満ちたら、こんなふうに花が咲き、
稲が実り、景色が色づく。
もちろん、そこには丹精する人がいて、
日々世話をし、作業を行い、秋の姿へと導いてくれたのだ。
その尊さを、改めて感じた。

どんな時も、暦に従い、
やるべきことをやり、積み重ねていくこと。
その厳しさ、大変さを経たから
喜びの時がやってきたのだ。

秋の彩りは眩しく、美しい姿で、
そのことを教えてくれた。
振り返って、自分はこの数ヶ月、
きちんと成すべきことをやってきただろうか。
こんな時だから…と、言い訳をして
怠けてはいなかっただろうか。

その答えは自分で出さなくても、
「実り」として結果に現れる。
稲穂が重く頭を垂れているように
自分の中で積み重ねてきたものがあれば、
どっしりと肚の奥に感じられるものがあるはずだ。

景色をじっと眺めながら、
自分自身も見つめていた。
手応えは、とても頼りないものだった。

仏手柑(ぶしゅかん)色を探して
見つけた高知の「ぶしゅかん」。
その果実について調べているうちに、
五年前に高知を訪れた時のことを思い出した。

荒々しく雄大な桂浜、
可愛らしいはりまや橋、
のどかな山寺からついてきた猫…。
操作も構図もよくわからないまま、
目にするものを撮っていた。

今見ると、あぁ、せっかくの景色を…
と悔やまれ、再び訪れることができたら
どんなふうに撮るだろうかと
写真を眺めていた。

そして、「あ!」と気づいた。
カメラを変えて、たくさん撮って、
失敗を重ね、五年の月日がたった。
ささやかな前進らしきものもあり、
なにより撮ることを楽しめるようになり、
人生が豊かになった。
それは実りなのだろう。
そう思うと、喜びが胸に満ちた。

仏手柑色は、春の新緑とも違う
鮮やかにして、優しく包み込むような緑色。
雨風や厳しい暑さを越えた
花や田の実りの色を輝かせる、
ときめく色。

ときめくは「時めく」とも書き、
「よい時勢にめぐりあって栄えること」という意味を持つ。
かつての日常が戻るには、
もう少し時間がかかりそうだけれど、
いつかまた、きっと、時めく時は、やって来る。

あれから一年か…
もう五年も経ったのか…と、
思い出は、先の見えない現実から、
心を遠いところまで羽ばたかせてくれることがある。

秋を楽しもう。
また未来のどこかで、懐かしく思い出せるような
素晴らしい秋(とき)にしよう。

めぐる季節に、変わらない色。

緑に恵まれた町で育った。
海には松並木が見え、
ふりむくと木々繁る山があった。
風のぬくもりや
湿気とともに変わる緑の色合いは
季節の移ろいを教えてくれた。

太陽の光の下で、
陰影濃い夏の緑は、千歳(ちとせ)緑。
春の新緑よりも、暗く、深い緑色だ。
千歳とは、千年のこと。
千年ののちも変わらない緑という意味を表す
縁起の良い色名だ。

それほどたくさんの竹を見た記憶はないけれど、
生まれた地区は“藪ノ後”といって、
竹にちなんだ名だった。
そのあたりの人だけが知る
生家の前の通りは、竹花通りと呼ばれていた。
よそゆきの服で出かけるときは、
近所のおじさんから「お、竹花小町か?」と
声かけられたのも、くすぐったい思い出だ。

小学校に上がる前の
新しい靴を買ってもらった日。
伯母と近所の商店へ行ったところ、
足元ばかり見ていて
伯母とはぐれてしまった。
店の裏手で大泣きしていて、
顔見知りの人が家に連絡をくれたという。
店の名は「まつしまや」。
竹や松の多い町だった。

竹藪はなかったか、というと、
実は、家から少し離れたところにあった。
子供の足では、少しきつい坂道を登った
少し先に。
春の祭りの頃には近所のおじさん達が
筍を掘りに行き、
蜂に刺された、マムシがいたとか
恐ろしい話を聞かされた。
お盆に火の玉を見たという人もあり、
結局、その藪の中に足を踏み入れたことはない。

そんな生まれ育った町に、
今はなかなか帰れない。
訪れるたび、
記憶のかけらが消えていくように
変わってゆく。
けれど、あの竹林を思い出すと、
その町にいた頃の空気や匂いが
鮮明に蘇ってくる。

夏の湿気、夕立の前の不穏な空、
雨の後の土の匂い、
一つ一つが皮膚や鼻腔の奥に
残っていて、
「どこへ行こうと暮らそうと、
 お前はこの地で育ったのだ」
と、呼びかけてくる。

夏は帰省する友人の話を
聞いたり、SNSで見たりするからか、
余計にその声が聞こえてくる気がする。
帰る家もないのに、帰りたい。
これが愛着というものなのかもしれない。

千歳緑の「緑」の文字を
私はよく「えにし」の「縁」と
書き間違える。
千歳に緑のままのもの。
千歳に縁がつながるもの。
故郷の色は千歳緑で、
思い出す人たちと縁を結ぶ。

「秋扇(あきおうぎ)」という言葉がある。
涼しくなると不要になる扇子のように、
夏の盛りが過ぎて、
風を送らなくても良くなる時期のこと言う。
また、それを恋の盛りが過ぎて、
「寵(ちょう)を失った女性」に
たとえることもある。
なんと悲しく、意地悪なたとえか。

夏休みが終わって、
私に郷愁の念を起こす熱も
ゆっくりと冷めて、そろそろ扇子も不要となる。
けれど、愛着は消えず、縁が切れることはない。
千歳緑のように深く濃い想いで
つながっている。

陰暦九月の異称は「色取月(いろどりづき)」。
秋が近い。
変わらぬ緑を背景に、
色美しい季節がゆっくりとやって来る。
故郷にも、今いるこの町にも。

サビない時、サビの時。

新緑美しい五月になった。
ベランダから眺める緑も濃淡鮮やかに、
心地よい季節の到来を知らせてくれる。

山葵(わさび)色は、明るく渋い緑色。
すり下ろした、わさびの色だ。
江戸中期の頃、わさびが庶民に普及するのに
合わせて生まれた色という。

大型連休に入ったけれど、
ずっと家にいる。
本を読んだり、
ネット配信の映画を観たり。
台所の棚の整理をかねて料理したり。
ここ数年の五月の連休には考えられなかった
過ごし方だ。

自分で作る料理は飽きてくるので、
アクセントにわさびを使う。
蕎麦に、お肉に、練り物に。
はっ! と目の覚めるような
味わいが嬉しい。

わさびというと思い出すのが、
わさび漬だ。

高校生の時、お腹ぺこぺこで帰宅し、
台所の小鉢に残っていたものを
「あ! 白和えだ」と
大口でつまみ食いしたところ、
それはわさび漬。
ツーーーーーーン!
どころではなく、
鼻がちぎれ落ちそうな衝撃。
涙あふれながらも、
落ちないように鼻を押さえて悶絶した。

あの痛みと衝撃は、ちょっと忘れられなくて、
以来、わさび漬を食べていない。
とはいえ、わさびが嫌いになったわけでもなく、
毎度、涙ぐみながらも、美味しくいただいている。

それほどわさびを食べているわけではないけれど、
このところ、よく泣いている。

自宅の気安さもあって、
映画や本に感動して、
おいおい泣いているのだ。
今さらながら、
泣くのって、気持ちいいなぁ…と
思う存分泣いている。

思い切り泣くことが、感情を解放してくれ、
ウィルス不安に占領されそうな気持ちが、
幾分ラクになるような気もする。

それでも気のふさぐ時などは、
好きな音楽を、
身体を揺らしたり、時に鼻歌で
一緒に歌ったりと、
自宅ならではの楽しみ方で
たっぷり聴いて元気づけてもらっている。

楽曲の聴かせどころを「サビ」という。
語源は不詳と言うが、
この「サビ」とは、「わさび」から
生まれたという説もある。

寿司でわさび抜きを頼むとき
「サビ抜きで」と言うように、
わさびは「サビ」。
少量でも刺激的な味がするわさびに因んで、
曲の中の最もインパクトのある部分を「サビ」
と言うようになったという。

また、謡曲・語りもので、
独特の謡い口調のことを「寂(さび)」と呼ぶ。
その声帯を強く震わせて発する、
低くて渋みのある声は、
「最も盛り上がるところ」に使われ、
それが時を経て、強調する部分を
「サビ」と言われるようになったというのだ。

ツンと刺激のあるサビと、
寂しいという文字から生まれたサビ。
盛り上がりながら、
どこか、鼻の奥がツンとするような、
人に会えない寂しさを抱えた、
今の気持ちを表現しているようにも思われる。

外出自粛は、
家の中で様々な発見もさせてくれる。
ふだんはバタバタとして
忘れていたことが、
棚や引き出し、パソコンから、
ほら! と現れてくる。

せっかくだから、
鼻の奥がツンとくるような
胸の奥がキュンとなるような
そんな刺激や思い出も
久しぶりに取り出してみよう。

どんな時も、どんな日も、
二度と戻れない、かけがえのない瞬間。

「わさびは笑いながらすれ」とも言う。
ツンときて、泣かされるわさびも、
笑いながらやさしくすれば、
まろやかに美味しくなる。
多分、言葉も同じ。

尖るような気分の時こそ、
やわらかい言葉を心がけたい。

心も頭もやわらかく、
今を充実させて、
いつかまた
人生のサビの部分を
大好きな人たちと、高らかに歌おうと思う。

似ている? 似ていない?

「あのう、〇〇さんですよね?
私、△△の妻です!」
と、挑むように声かけられたことがある。
子どもの保育園の運動会のことだ。

花萌葱(はなもえぎ)色は、強く濃い緑色。
萌え出る葱(ネギ)の芽のような緑色の、
萌葱(もえぎ)色の一種だ。
青い「花色」に黄色を染め重ね、
萌葱色に近づけた色なので「花萌葱」という。

突然、話しかけてきた人は、
「△△知らないんですか?」と
もう一度訊き、はぁ…と困惑する私を
置いて、「ほらぁ、ちがうって!」
と言って去って行った。
どうやらご夫君が
かつて親しかった女友達に、
私が似ていたらしい。

平凡な顔立ちだからか、
私はよく、ひとちがいされる。
行ったこともない場所に、いたでしょう?
と、言われたり
さっき向こうで見かけたのに、なぜここにいるの?
と、怖がられたり。
でも、そのよく似た人に、
私は会ったことがない。
もしかしたら、自分も驚くほど似ていたのだろうか。
話せば気があうような、
もう一人の私のような人だったのだろうか。

思い出すのは、遠い昔、
失恋した人にそっくりな人に出会ったことだ。
友人も驚いて知らせに来てくれるほど、
よく似ていた。
一度、思い切って話してみたら、
当然のことながら、声も話し方も
おそらく性格も違っていた。
がっかりしながらも、
そうだよな別人だものな、
と、納得したことがある。

花萌葱の色も、萌葱色に似せて作られた色。
萌葱色には、また黄色味を帯びた
萌黄色という別の色もある。
「もえぎ」と同じ響きながら、
同じじゃない! と主張する、
それぞれに個性ある色なのだ。

春が近づいてきた。
毎年、やってくる春だけれど、
去年の春とはちがう。
咲く花も匂いも同じなはずなのに、
風も、人も、私自身も少しずつ異なる。
全く同じ春など、ないのだ。

巡りながら、すれ違いながら、
人も、季節も、
ちゃんと向き合い、
見つめる心を持っていないと、
春はあわあわと過ぎて行く。

似た色、似た顔、似た名前。
あぁ、知ってる…と思っていたら、
実は全然知らないものだった、
ということもある。

出会った時に、新鮮な心で
見つめてみよう。
そんなふうに思えるのも、
新年度、新学期が始まる
春ならではの愉しみだろう。

運動会で、声をかけてきた人とは、
しばらくお互いに気まずかった。
けれど、その人の、
たっちゃんという息子さんと
娘が仲良くなって、私たちも
親しく話をするようになった。

「たっちゃんのお母さん!」
と娘が駆け寄ると、両手をとって、
優しく話しかけてくれる
愛情深い人だった。

転勤でその街を去る時に
寂しくなるね、と、うっすら涙を
浮かべてくれた。

その時から、何年も経った今、
テレビで、ある女優さんを見かけるたびに
あ、たっちゃんのお母さん!
と、思い出す。
もしかしたら、その女優さんを街で
見かけたら、「お久しぶり!」と
声かけてしまいそうなほどだ。

似ていることは、
時に大切なものを思い出させてくれる。
私に似た人は、
誰かに、私を思い出させてくれているだろうか。

夏の終わりの、泡の色。

八月三十一日の日記には、
不安と焦りを思いつくまま、
書きなぐっている。
高校三年生の夏。

琅玕(ろうかん)色は、
明るく渋い緑色。
琅玕(ろうかん)とは、
宝石・翡翠(ひすい)の中でも、
とりわけ美しく半透明のもの。

父から「進学をあきらめてくれ」と言われたのが、
高校三年の春。
目の前が真っ暗になった。

進学をあきらめたくなくて、
ポーズだけでも、と部屋にこもって勉強した。
幸い、金銭的に目処がつき、
期末テストの終わる頃、
進学してもよし! となった。
ただし二年間。短大のみ。

本当は四年制大学に行きたかったけれど、
進学できるだけでも
嬉しくて嬉しくて、
うんと勉強する! と心に誓った。

が、そこでやって来た夏休み。
海が有名な観光地であるゆえに、
街全体がザワザワと浮かれ始める。
街が、人が、
夏の陽気に包まれていく。

夏期講習や塾の帰りに、
息抜きと称して友達とおしゃべりを楽しんだ。
涼しげなソーダの色は
鮮やかで澄んだ琅玕(ろうかん)色だった。

夏休みは、毎日会えない分、
友達との話も濃厚になる。
ついつい…のおしゃべりも尽きず。

今日遊んでも、明日がある。
長い休みは、心を楽しくゆるませていた。

そして、模擬テスト。
惨憺たる結果を見て、
どうしよう…と、後悔に苛まれた。

七月の終わりに、奨学金貸与の面接試験があった。
集まったのは、それまであまり話したことのない、
成績優秀な同級生たち。
待ち時間に、初めて話す彼ら彼女らは、
しっかりと将来を見据えて、
様々なことを調べ、
準備していると知り、驚いた。
とても賢く、かっこよく見えた。

一方、志望校も決まらぬまま、
模擬テストの結果に一喜一憂する自分は、
子供っぽく、愚かな人間に思えた。

美しい琅玕(ろうかん)は、
身分の証明でもあり、
決意の固さを示すものであったという。

進学してもよし! となった時の自分は、
両親が喜んでくれるような学校に行く!
そう決めていたのに。
何になりたいのか、
何になりたかったのかもわからなくなっていた。

夢は、琅玕(ろうかん)の毅然とした輝きではなく、
ソーダの泡のように淡く消えるものになっていた。

八月の終わりになると、
友人たちが、電話や手紙や立ち話で、
その夏のことを話してくれた。
それは、恋愛相談であったり、
恋が終わった報告だったり。
みんな、それぞれの夏があったんだな、と
日記に書いている。

面接で一緒になった同級生も、
恋をしていた友達も、
みんな悩みながら、夏休み前よりも
前進している気がした。

一方、私は何もなかった。
成績は上がらず、
ときめくようなこともなく、
一学期のままの自分。

そんな不甲斐なさを、
取り残されて行く焦りを、
日記に書きなぐっていた。
「みんな大人になって行く」と。

日記はその後、一ヶ月に一度となり、
受験結果は二校不合格になり、
自分の愚かさを散々思い知って、
二月で終わっている。

挫折を知って、の最後の一行。
「去年の私よりも、大人になっているのだろうか」。

大人のベテランとも言える歳になっても、
夏になると、この問いかけが胸によぎる。

その時、目に浮かぶのは、美しい琅玕(ろうかん)色。
翡翠になれなかった、ソーダの泡の色だ。

ヒミツが噴き出す思い出色。

くすんだ淡い青緑、
緑青色(ろくしょういろ)。

箸置き

飛鳥時代、仏教とともに、
中国から伝来したという
緑系の代表的な伝統色だ。

古くから日本画の顔料として、
また、神社仏閣などの建築物や彫刻の
彩色にも用いられてきた。

浅草寺

先日、とある街の文化館で
昭和の懐かしい品々の展示を見た。
何より目を引いたのは、
ガリ版(謄写版)の一式だった。

ガリ版

小学校の頃の文集は、
全てこの印刷方法で作っていた。
道具には、緑青の色が見られて、
あぁ、これだ!
と、嬉しくなった。

ソノシート

文集作りが好きだったという
記憶はないのだけれど、
その作業が終わらず、放課後遅くまで
残っていた記憶がある。

真っ暗な校舎。
先生方の雰囲気も、どこかリラックスして、
昼間よりも親しみをこめて、
話しかけてくれた気がする。
ある先生が引き出しから出して
「内緒よ」とくれたのも、
緑青と黒色の飴で、ハッカの味がした。

木馬

暗くなった校舎は少し怖くて、
いっしょに作業する友達とは、
身体も心の距離も昼間より近くなり、
作業しながら、
たくさん内緒の話をした。

いくつもの内緒が、
ひっそりとふえる時間。

有刺鉄線

それは、誰にも言わないままに、
記憶の器に大切にしまわれて
ふたをされて、
今はもう、開けることはできない。
誰かに訊いたり、思い出すこともできない。

井戸

けれど、その記憶の器から、
ふきこぼれるような思い出が、
美しい顔料となって、
胸の中を嬉しく楽しく包んでくれる。

石像

そんなふうに、誰もが、
折々に取り出したり、
もう開けたくないとそのままにしたり、
あるいは存在すら忘れているような、
さまざまな記憶の器を
持っているのではないだろうか。

表参道

銅製品の青緑のサビをさすときに
「緑青(ろくしょう)をふく」
と言われる。
そのサビもまた、顔料になるのだという。

苔

どんなふうに置かれていても、
記憶は、心の一部となって、
時おり噴き出して
人の想いに、表情に、表れるのだと思う。

椿山荘

「サビ」は時間がつくるもの。
自分の中のサビが深く、味わいのある顔料となって、
見る人、出会う人に、
やさしい一滴の色を贈れるようになりたい。

不老長寿の聖なる色。

厳しい暑さや寒さにも、
じっと耐えて、変わらない松の色。
この濃い緑を常磐色(ときわいろ)という。

松や杉などの常緑樹を、
常磐(ときわ)木というため、
その葉の色をこう呼ぶ。

冬にも色あせないことから
永遠不滅、不老長寿のシンボルとして、
古くから神聖な色としてされてきた。

“月日に負けない、色褪せない”
とは、心くすぐられる言葉だ。

先日、街で、娘の中学時代の友人に、
十数年ぶりにばったり会った。
変わらぬボーイッシュさと、
その溌剌とした様子に、
嬉しくなって「変わらないね」
と声かけて別れた。

ところがそのあと、いっしょにいた娘に
「“変わらない”が褒め言葉なのは、中年以降だよ!」
と、厳しく指摘された。

確かに、若い女性には、
「きれいになったね」
「大人っぽくなって…」
とその成長ぶりをほめるべきで、
「変わらない」
と言うのは、まだまだ子どもね、と
言っていることと変わりない。
うかつさを反省した。

変わらないこと、
変わること。
それぞれの良さをきちんと理解して、
心にとめておくことが大切だ。

田んぼの稲が、今年もたっぷりと実っている。
毎年同じ色に見えて、変わらないように思うけれど、
今年の夏のたよりない太陽の下、
災害にも遭わず、無事にここまでたどりついた色は、
春の鮮やかさとは、少し異なる深い喜びの色に見える。

去年と変わらないように見えて、
今年の稲は今年だけの色。
私だって、何も変わらないように思うけれど、
今年だけの私でもある。
変わっていないようでいて、
実は確実に変わっている。

老いてもいる。
経験が積み重なってもいる。
考えが狭くなっているかもしれないし、
その分深くなっているかもしれない。

自分のことでもわからないのだけれど、
変わらない常磐色のようにどっしり構えつつ、
変わるべきこと、そうでないことを
ひとつひとつ意識しながら、
目に優しい色に染まっていきたい。

匂いに守られて。

なんと読むのだろう。
はじめに、そう思った。
木賊色。
「とくさいろ」と読む。

トクサという草からつけられた名前で、
落ち着いた緑色。
別名を「陰萌黄(かげもえぎ)」とも言う。
萌黄色の若々しさに比べると、
大人の陰りと湿り気を感じられるような名だ。

お盆がやってくる…。
そう思うと、
子どもの頃は、従姉妹に会えるのが楽しみで
ドキドキして眠れないほど楽しみだった。
盆暮れにだけ会える、歳近い従姉妹二人。
海へ行って、すいかを食べて、
虫取りをして、花火をした。
布団に入ってからも、
お化けの話などして、いつまでもふざけあっていた。
やがて真打ち登場、
祖母のそれはそれは恐ろしい怪談に、
暑いのにくっついて眠りにつく…。
部屋の隅には、蚊取り線香。

ひとつ、ひとつの出来事には
はっきりと、それを思い出す匂いがあった。
夏は他の季節に比べて、匂いが色濃かった気がする。
海は潮の香り。
花火は火薬の匂い。
ツヤツヤとしたカブト虫の、
ほかの虫とはちがう独特のにおい。
蚊取り線香とセットで
虫さされの薬の鼻にツンとくる臭い。
近所も窓を開け放っていて、
あちこちから総菜の香りがしてきた。

そんなさまざまな匂いに包まれた夏の日々。
いつまでも続くと暢気に思っていて、
変わる日がくることなんて思いもしなかった。
けれど、
ある時から、受験だ、部活だ…と
従姉妹たちもそれぞれに過ごし方が変わり、
お盆の過ごし方もちがうものに変わっていった。
夏の香りは変わらないのに。

あの日から遠く離れて、
今思い出すと、
包まれたいたあの夏の香りは、
守られていた匂いなのだと気づく。

子どもたちが楽しく健やかで過ごせるよう
見守り、
食べさせて、
蚊取り線香を焚き、
虫にさされたら、やさしく薬を塗ってやる。

大人たちも、そうやって子ども時代を過ごしたように、
私たちに健やかな楽しみを、
見守りながら与えてくれていたのだ。

気づかないほど、当たり前に守られる愛情が
何代も昔から与えられ、引き継がれ、
今の自分がいる。

今は会えなくなったけれど、
変わりなく見守り、
愛情を注いでくれている人たちの気配を
いつもよりも強く感じられるお盆。

深い緑、木賊色の林や、川辺のあたりから
懐かしい人たちが、
やさしくほほえんでくれている気がする。

憧れと思い出を秘めた色。

秘色。
「ひそく」と読む。
別名は「青磁色」。

青磁は、平安時代に中国からやってきた磁器で、
それはそれは貴重なものとして珍重されていた。
中国では当時、
天子(皇帝)に献上されて、
臣下(家来)には使用が禁じられていたこと、
また、神秘的な美しさから、
その色は「秘色(ひそく)」と呼ばれていた。

子どもの頃、床の間に置かれた
青磁の壷を眺めるのが好きだった。
床の間に飾られたものは、
子どもが触ることは許されなかったので
その壷は、まさに秘色(ひそく)そのものだった。

そのためか、この色には特別な憧れがあり、
似合わないとわかっていても、
服に小物に、と、選んでしまう。
いつまでも、どこか叶わない色なのだ。

秘色(ひそく)という言葉から、
思い出して、取り出してきたものがある。
母から譲り受けた、37歳の父の日記だ。
織物の技術指導で
数ヶ月間、韓国に滞在していたときのもの。
言葉が通じないもどかしさや、
食べ物があわずに体調すぐれぬつらさ、
そして、家族や友人に会いたい想いが、
赤裸々に綴られている。

いつも明るくて、前向きで、
くよくよと悩むことなく生きよ、と、
背中を押してくれていた父の
秘めていた一面が、ここにある。

日記とともに、当時父が送ってくれた手紙があり、
そこには「班長をがんばりなさい」とある。
当時、かなりの引っ込み思案だった私が
班長になり、父に手紙で知らせたのは
自慢したい気持ちと、
元気であることを知らせたかったからだろうか。
その気持ちに応えて、父も明るく応援してくれている。
当時の父よりも大人になった今、
そのやりとりは、少し切ないような想いになる。

父が帰国する日は、学校から走って帰ったものだった。
父が日本を、家族を思うように、
私も寂しかった。父が恋しかったのだ。

当時は知らなかった父の寂しさ。
日記に小さな文字でびっしりと想いを書き綴る、
父の心の中は何色だったのだろうか。

そういえば、と、思い出した。
父は、うぐいす餅(「りゅうひ」と呼んでいた)が
好きで、帰国すると買ってきて、
感に堪えない顔で食べていたことを。
うぐいす餅。うぐいす色。
青大豆からできたきな粉の色。

あぁ、ほんのりと緑色だ。
秘めたる想いを、ひとときほぐしてくれたのは
きっと秘色に似た、その淡い緑色だったにちがいない。

高貴にして、やさしい秘色。
そんな家族の思い出とともに、
これからも憧れ、好きな色でありつづける。