菜の花と都会

春の景色を明るく照らしてくれる、菜の花色。
ほんのり明るい緑みを帯びた鮮やかな黄色だ。
桃色と同じく、花の名がそのまま色の名前となっている。
昔の人もこの色を身につけたいと思って、その名をつけたのか、
それとも春の景色を語るときの話題になったりしたのだろうか。
そんな鮮やかな菜の花を描こうとしたのは
小学校の親子写生会のとき。
水彩絵の具でうまく描けず悪戦苦闘する私の隣で、
父がクレパスで その景色を線で描いていく。
線だけの寂しい絵、と思っていたら、
次の瞬間、それらの線を指で押さえて、
すーっ、すーっと伸ばし始めた。
「大地から、空にむけて」と、勢いよく。
その力強い線は、やがて群生する菜の花が
風に揺れているような絵になった。
ぽんぽんぽん、と親指で、黄色い花ものせられた。
こんな描き方があるのか!
と、感動した私は「絵を習いたい」と父にたのんだ。
ほうぼうあたってくれたが、
さまざまな条件があわなかったのだろう。
結局見つからなかった。
その時、残念で悔しくて悔しくて、子ども心に
「都会なら、習えるのに!」と、
都会への憧れが、強い光となって、心に灯ったように思う。
その後も、絵を習うことはなく、うまくなることもなかった。
そのかわりに、大人になって写真を撮る喜びが与えられた。
群生する菜の花を撮る時、
時々、遠くからそのシルエットをなぞってみる。
「大地から、空にむけて」すーっ、すーっと。
指先の向こうに見えるのは、あの日憧れた、都会の空。

なぜ和の色?

どうして「和の色」に、その名前の響きに、こだわるのか。
それはやはり実家が織物業であり、
白い絹糸に囲まれて育ったからだろうと思う。
白い絹糸が、白生地の反物になり、やがて美しい着物になる。
生活の中で当たり前に見ていたことが、もう見られなくなって
故郷の山を懐かしむように、恋しくなっているのだろう。

とはいえ、現在の私が着物に親しんでいるかというと、
もうすっかりいい大人になった今も着物を着るどころか
たたむこともできない、ていたらくだ。

それでも、やはり着物愛は胸の内に息づいていて、
美しく染められた絹糸を眺めるだけで、心動いて
時に涙ぐみそうになる(これは加齢のせいかもしれない)。

そんな想いが、美しい色を
自分のものにしたい!  閉じ込めてしまいたい!
という強い欲求になり、
写真を撮ることにつながってるような気がする。

あちこちに飛び散って輝いている色、
やさしい色、鮮やかな色、さし色、うちに秘められた色…。
さまざまに語りかけてくる色を撮って、私なりの「和の色」と
いう視点でこのブログにまとめ、呼び戻してみよう。

それが、このブログ「和の色ものかたり」の始まり。

写真は、祖母が編んだ帯締め。
きりりとした色合いで、きっちり編まれているが
当の祖母は、ゆるふわ系のひと。
これをお笑い番組など見ながら、けらけら笑って
お腹がすいたらテレビ下のボードからお菓子を出して
ぱくばく食べながら編んでいた。
そんなぬくもりがよみがえる、私にとって大切な和の色のものだ。

 

 

桃ではなく、桜でもなく。

 

二月の終りに河津桜を観に行った。
この色は、いわゆる桜色とされるソメイヨシノの色でなく、
桃の花を思わせる「桃染(ももぞめ)」色にあたると思う。
桃ではないのだけれど、一番ぴたりとくる色だった。
桃色は古来からお祝いごとに重用されてきた色。
春の嬉しい季節によく似合うのは、そのせいかな。

今年の河津桜は、満開の頃が早くて、
この日は花の盛りの終わってしまった桜並木を歩くことになり、
がっかり…。
でも、並木道を一段下がった高架下の
日当りのよくないところに、
まだ咲いたばかり、生まれたばかりの、
生き生きとした花を発見。
少し暗いところにありながら、
ぐっと枝をのばし、しっかりと咲いていた。
誰に言われなくても、自分の意思で咲く。
咲いてみせる。そんな力強さ。

誰かに教えられなくても、急かされなくても、
自分の使命を、約束を、意思的に果たす。
そう決めて咲く。

ふりかえって、自分のことを思うと、
咲くべきときを知り、
その時に咲くことができるよう努力してきたかな…
と思うとなんとも心もとなく、
少し恥ずかしい想い…。

やさしい桃染め色の河津桜に励まされ、背中を押され、
やっとやっと、このサイトを公開することに決めた。

たくさん撮って、和の色のカードをあれやこれやと見つめて
季節のうつろう美しさ、日本語の味わいや愉しさを

つづっていけたらいいな、と願いもこめて。

はじまりは、白。

白。

和の色(日本の伝統色)の中には、胡分(こふん)、鉛白(えんぱく)、
卯の花色…と、白にもさまざまな色と名前がある。
しかし、いわゆる「真っ白」な色に与えられている名前は、
シンプルに「白」なのだ。
それは迷いも、にごりもない、まっさらの色。

この花の色は、その名にふさわしい、きっぱりとした無垢な「白」。
はじまりは、ここから。