遠い日の宿題が終わった夏。

読もう、読もうと思いながら
なかなか読めない本がある。

煤竹色(すすたけいろ)は、
囲炉裏の煙に燻されて、
煤けた竹の色のような
暗い茶褐色色。

まだ、ひらがなも読めない頃に、
父が買ってくれた
「オオカミ王ロボ」。
シートン動物記シリーズの
一冊で、表紙に凛々しい狼が
描かれていた。

当時の私には、文字も小さく、
漢字も含まれていて、
とても読めそうにないものだった。
何度も「読んで」とせがみ、
読んではもらったけれど
忙しかった父も母も、面倒くさそうに、
早口で朗読。
ますます、その本は遠い存在になった。

小学三年生のとき、
読んだ本のあらすじと感想を
みんなの前で発表する、
と言う授業があった。

その宿題をすっかり忘れていた。
そして、そんな時に限って、
先生に当てられてしまう…
と言う運の悪さ。

さて、困った。
と、壇上に上がる。

あんな難しい本、誰も読んでいないだろう、
と、「オオカミ王ロボ」の話をすることにした。

もちろん、ちゃんと読んだことが
ないので、ストーリーは知らない。
けれど、美しい挿絵と、
絵に添えられていたキャプションは
何度も目にしていて、
ロボとブランカが夫婦である
と言うことだけは知っていた。

結末も挿絵から想像して、
私ふう「オオカミ王ロボ」の物語を
その場で作って話した。

質問など、されませんように!!
と、心で祈ったものの、
クラスで一番、成績のよかった男の子が
はい!
と、真っ直ぐに私を見て手をあげる。

あの時の恐怖は、今も忘れられない。

ストーリーについて、
いくつか質問を受けた。

今思えば、よくもまぁ抜け抜けと…と
思ったほど、作り話で応えた記憶がある。

あの時、もし、ちゃんと読んだ人がいたら、
どうしていたのだろう?
今思い出しても、ヒヤヒヤしてしまう。

そんな苦い思い出もあって、
長い間、読むことはなかった。

それから数十年経ち、児童書ではない
「狼王ロボ」を読んだ。
あんなにハードル高い小説だと思っていたのに、
数十ページの短い短編だった。

短い中にも、闘い、虚しさ、愛情…
そして、ロボの知恵と勇気と生きる強さに
満ち溢れた物語。

子供の頃に読んでいたら…。

煤竹色は、江戸時代の一時期、
小袖や羽織にして大変流行したという。
侘び茶に通じる人たちには、
茶室の天井や、茶道具にも好んで使われたとか。

その燻されてくすんだ色が、
時の流れや、愛着などを表して
好まれたのだろうか。

時が経たないと、味わいの出ない、
わからないものもある。

子供の時に歯がたたなかった本も、
大人になったから、スラスラと読めて、
勧めてくれた人が、
自分に何を与えようとしてくれたのかが
わかって、しみじみとする。

与えられた時に、ちゃんと読んでおけばよかった…。

そんな反省があったからだろうか。
読み終えた日、夢の中で、
深夜に帰宅して
「遅い! 」と父にぶたれる夢を見た。
右の頬に残った痛みは、
ロボの悲しみにも似ている気がした。

強く見える人にも不安や心配があり、
その内なる弱さを隠し、
そのために知恵や工夫を重ねて
誇りを保っている。

ロボの最期の咆哮は、
ただ悲しみだけではない、
仲間への、ブランカへの魂をこめた叫び。

遥か遠くまで響きわたるその声を
今は、胸のうちに聞くことができる。

それは、本を読み、人の心を知り、
初めて聴こえる、
限りない愛情がこめられた
咆哮なのだと、思い知る。

香ばしい日々を思い出す色。

初めて自分で化粧をしたのは
短大2年の就職活動前。
色気もなく、化粧の色味にも
無頓着で、ひどい仕上がりだった。

伽羅色(きゃらいろ)は、
茶色がかった暗い黄褐色。
伽羅とは、
ベトナムやタイなど東南アジアが原産の、
沈香木(じんこうぼく)の一種である。

「花の女子大生」と、
もてはやされる時代の短大生だった。
しかし、そんな華やかさは程遠く、
顔はまんまる、子供のように赤いほっぺた。

アイススケート場で、知らないお兄さんから
「お酒飲んでスケートしたらダメだよ」と
赤ら顔をからかわれたほど。

いざ、就職活動となって、
化粧は大人の嗜みです。と言われても、
何をどうすればいいのか、わからない。

クラスの友人を見渡すと、
みんな化粧もちゃんとできていて、
花も盛りの美しさ。
焦った。恥ずかしくなった。

そこで、覚悟を決め(?)、
下宿近くの小さな化粧品屋さんへ
一人で出かけた。
店主は、母とほぼ同世代のおばさん。
安心して相談できた。
━━ 頬の赤さを隠したい。
その言葉に、
それならば、と、おばさんは肌の色より茶系の色を
まんべんなく顔に塗ってくれて、
「ほら、もう赤みが消えたでしょ?」と
にっこり。

少し暗めの店内の蛍光灯の下、
これでいいかな?
と、思いつつ、勧められたファンデーションを買った。

いつもと違う顔になって下宿に帰った。
階段を上がると、共同台所があって、
五、六人の友達が
わいわいと賑やかに夕食の準備中。

「ただいま~」というと、
一人が、私の顔を見て、
えーっっっ! と声をあげた。
「どうしたん? 植木鉢かぶって帰ってきたんかと思ったわ」
と、忌憚なきご感想。

みんなが、台所から出てきて、
なんでこんな色にしたん? と笑いながら
気の毒がっている。
部屋にいた友人たちも出てきて、
どうしたーっ!?
と、大笑い。
伽羅色の私の顔は、
キャラが濃すぎる、一度見たら忘れられなくなる、と
大爆笑になった。

その日の夜、
メイク上手なFちゃんの部屋で、
改めて化粧を教わることになった。

赤い頬は茶色で隠すものではない。
首と顔の色が違いすぎてしまうから、
植木鉢みたいになるのだ、
と教わった。
まず緑色を頬に少しつけて、
その上に茶色と明るい肌色のファンデーションを混ぜて
丁寧に調整しながら顔にのせてゆく。

Fちゃんの部屋は、いろんな化粧品があって、
ほんのりといい香りがした。
女子大生の部屋だ…と、くすぐったいような感動があった。

伽羅は沈香木の中でも、
最高の名香として珍重されてきた特別なもの。
その香りを実際に嗅いだことはないのだけれど、
「最高の名香」というと、
あの部屋に漂っていた香りを思い出す。

Fちゃんのおかげで、
面接官に笑われることもなく、
化粧なんて当たり前です!
という顔で就職試験を通過できた。

家族のように過ごした下宿の友人たち。
あれから三十年余りの月日がたち、
今、みんなどうしているのか知らない。

けれど、ふとした瞬間に、
記憶の断片が、
沈香木のカケラのように、
甘く華やかな香りを放つ瞬間がある。

最近は、化粧品もネットで買うことが多い。
先日、届いた商品とともに、
高級ブランドのファンデーションの
試供品が入っていた。
使ってみたら、芳しい香りがふわりと広がった。
あ、Fちゃんの部屋みたい…と、嬉しくなって
何度も何度も塗り重ねたら、驚くほど
白い顔になってしまった。

こんな顔見せたら、あの当時の友人たちにまた、
白壁か!? 石膏か!? と、ツッコまれるだろうな、と
想像したら笑いがこみあげた。


 
もう二度と戻れない、
懐かしいあの場所、あの時間…
楽しくやさしかった日々を思い出すと
白い目もとがにじんで、化粧がくずれた。

おいしい色は、どう作る?

人生初のお菓子作りは、
ホットプレートで焼いたクッキー。
どんな焼け具合? と、ふたを開けたら、
小さなホットケーキが大量にできていた。

江戸茶(えどちゃ)色は、黄みの深い赤褐色。
江戸時代前期に流行した色である。
「江戸」とつけることで、
流行の先端であることを強調した、
江戸好みの茶色とされていた。

中学では、昼はお弁当持参だった。
お弁当初日にカバンを開けると
おかずの肉じゃがの煮汁がこぼれ、
教科書、ノート全て茶色に染まっていた。

ショックだった、恥ずかしかった。
こんなにこぼれるものを何でおかずに入れたのよ!
と、母を恨んだ。
とはいえ、母も仕事で忙しい身。
翌日からお弁当は自分で作ることにした。

なんとか、おいしくきれいで
こぼれないお弁当を作りたい。

と思ったところで、
母は朝から晩まで忙しく、
家事に手がまわらない様子。
まわりに料理を教われる人も
いなかった。

そこで、婦人雑誌の付録を見て、
簡単なものを作り始めた。
しかし、基本がわかっていない。
「丁寧に混ぜる」という言葉の
イメージもわかないくらい料理音痴だった。

情けなくて、高校では、
調理と栄養について学ぶ「食物」の
選択科目を取った。
食材の扱い方から、
見た目美しく、
栄養バランスの良いメニュー作りなど、
食に関する学びは面白かった。

けれど、料理はそんなに甘くない。
担当の先生は校内指折りの厳しい人だった。

テーマによって作る献立は、何度も却下、
調理実習時には爪やエプロンの清潔さ、
料理の完成度まで、点数獲得に苦労させられた。
「これじゃあ、お点はあげられなーい」と
目が笑っていない笑顔で、減点に次ぐ減点。
卒業ギリギリの追試も受けた。

料理は、
食べられればいいと言うものではない。
そのことを、みっちりと仕込まれた。

おかげで、外食するときも、
完成に至るまでの大変さに
心が向くようになった。
おいしければ、その工夫に、
盛り付けが美しければ、その心配りに、
感謝の思いが湧いてくる。

日々の小さなことさえ、
やってみなければ、その苦労は
わからない。

振り返ってみると、
煮汁の染みた教科書の恥ずかしさが
料理を始めた原点になっていることに気づく。

クッキーにならなかった小さなホットケーキ、
ずっと肉じゃがの匂いの染み付いていた教科書、
油染みで、書けなくなったノート。
懐かしい失敗や、
うまくできると、
早く食べたい、食べさせたいと思ったこと。
それらを全て溶かした、
食べ物の思い出の色が
この江戸茶色になる。

まろやかで、おいしそうな色だ。

かつて、流行りの先端だった色。
遠い昔から愛されてきた色。

食べ物も、色のように
流行りがあったり、
これをあるとほっとするという、
定番のものがある。

色をまとうように心を彩り、
血や肉になる、おいしいもの。

「人は味覚だけでなく、視覚でも食べる」
と、食物の先生に口を酸っぱくして教えられた。

同じ色でも、より美しく。
彩りの妙も考えて。

江戸茶色は、
そんな味も記憶も包み込んで、
静かに心を盛り立ててくれる。

さぁ、今日も、おいしいものを作ろう。

個性が光る、いろ。

同じ場所、
同じ姿に見えていたものが、
ちがって見える瞬間がある。

埴(はに)色は、渋い橙色。
埴(はに)とは、きめの細かい気赤色の粘土のことで、
この埴で作られた焼き物が埴輪(はにわ)とされている。

二月に宮崎を旅した時、
はにわ園に行った。
一歩足を踏み入れると、
たくさんのハニワ。
約400体の複製ハニワが、
森の中のあちこちに
物語を描くように置かれている。

それぞれ違う形で、
見たことのないものもいっぱい。
眺めたり、撮ったりしていると、
花壇のお手入れ中のご婦人たちに
「ちょっとー! カメラのひとーっ!」
と、声かけられた。

「こっちこっち」と
呼ばれて駆けつけると、指差して
「ほら、ジョウビタキ」と
おしえてくれた。

ジョウビタキは、チベットやロシアから来た渡り鳥。
食べ物を求めて、人なつこく鳴くのだという。

「人馴れしてるでしょ?
私が掃除に来る曜日を知っていて、
 すぐ近くまで来るの」。
と、笑顔で語るご婦人と
しばらく話しながら一緒に
ジョウビタキをカメラにおさめた。

その日、はにわ園を訪れる人は
ほとんどなく、一人で歩いていると
ハニワの仲間になったような気がした。

ほら、こっちを撮って。
あっちから撮って。
ハニワがポーズをとって待っている。

よく見るとさまざまな表情がある。
遠くから見たときには、
「ハニワ」のひとくくりで見ていたのに。
近づくほどに、
それぞれ異なる人格を持っているように見える。

同じ埴色でありながら、
その表情や動きで、やわらかい色や、
強い色、悲しい色と、違って映るのだ。

「カメラのひと~っ!」と
また呼ばれた気がした。

振り返ると、笑っているハニワたち。
特徴も華もない、この私が、
もし、ハニワになるとしたら、
目印になるのはカメラ、だろうか。

髪型、服装、武器、道具で、
性別や職業、身分がわかるというハニワ。
その暗い目の奥から
苦しさ、悲しさ、喜び、生きがい…と、
それぞれの持つストーリーが流れて来る。

広い森を歩いていると、
昼近くになり、陽射しがどんどん強くなっていた。
木々の間からこぼれる光が、
また別の物語を語り出す時間。

草しげり、暗くなった所で、
光を集めるハニワに出会った。
それまで、日陰だったのに、
太陽の向きが変わり、
スポットライトを浴びたハニワ。

この時を待っていました!
と、喜びに輝いている。

どこにも動けなかったけれど、
ここでこうして、
できることを精一杯取り組んでいたら、
光がやって来た。

そんな喜びに、
微笑みをたたえて神々しく光る姿を、
しばらくぼんやり見ていた。

主役、脇役、性別、身分。
全て関係なく、おひさまは
光集めるチャンスを与えてくれる。
等しく、やさしく、強く、眩しく。

ハニワは黙って教えてくれていた。
その教えの深さを、今、改めて思い知る。

掃除を終えたご婦人たちが
おしゃべりをしながら帰る。
埴色に近いジョウビタキが
それを追いかけるように飛んでいく。

生きて、笑って、光を浴びることの幸せ。
あの時見た光景が、
再び、会いたい、手に入れたい、
とても幸せな眺めとして
胸に広がる。

また、カメラの人になって、
あの場所に行こう。
光は、きっとやって来る。

クリスマスプレゼントは、何色?

毎年、この時期になると
街を彩るイルミネーションに
心躍る。

山吹茶(やまぶきちゃ)色は、
金色に近い、茶がかった黄色。
クリスマスツリーや
イルミネーションにも見られる
この色、キラキラと光を反射して
金色に輝いて見える。

子供の頃は、クリスマスの朝、目がさめると
枕もとに包みがあった。
それはサンタさんからのプレゼント。
小さなぬり絵帳一冊でも嬉しいものだった。

サンタクロースがいないとわかったのは、
小学二年生のとき。
暮れで忙しい母が、本屋さんに
週刊少女漫画誌を電話で注文しているのを
聞いてしまったからだ。
「あ、それなら月刊の方にしてほしいのに…」と
思ったことも、懐かしい思い出だ。

忘れられないクリスマスプレゼントは、
高校生の時、好きな人からもらった
ドナルドダックのぬいぐるみ。
白いふわふわのヒップがとても可愛くて、
汚れないように大切にしていた。

けれど、そのプレゼントをもらって
数週間後には、ふられてしまった。
残ったぬいぐるみに罪はなく、
その後もずっと大切にしていた。

二十歳を過ぎて、社会人になり
一人暮らしの部屋に、
友人と、友人の幼い甥っ子が遊びに来た。
おもちゃ代わりにと渡した、
ドナルドダックを甥っ子くんは
とても気に入って、
持って帰りたい…と、泣いた。
その時は、思い出のものだから、と
あげることはできなかった。

「連れて帰りたい~っ!」
という、泣き声が耳に残った。
欲しいものを、欲しいと言って
泣けるのは、ちょっと羨ましかった。

素直さに嫉妬したのかな?
と反省し、もう大人なんだから、
思い出のぬいぐるみなど、
甥っ子くんにあげようと決めた。

プレゼントをもらった時の喜びも、
いつの間にか過去のものになっていた。

遠い日の想いと埃を、
払い落とした人形が
すっぽり入る紙袋を探し、
少し特別なプレゼントぽく
山吹茶のリボンをつけて
友人の家に届けた。

後日、
「おにんぎょう、ありがとう。だいじにします」
と、かわいいイラストを添えたハガキが届いた。

贈られたプレゼントを、別の人に贈り、
またちがうプレゼントを受け取ったのだった。

これまでもらったクリスマスプレゼントは
どんなものがあったかな?
と、思い巡らせてみた。
たくさんあるはずなのに、
それほど思い出せなかった。

毎年あった特別な時間、楽しみが
流れる時間に溶けていて、
うまく浮かび上がってこない。

それでも「クリスマス」という言葉は、
ケーキのように甘く、
ツリーのように輝く。
いくつになっても、幸せな時間を
期待する特別な響きだ。

クリスマスは、私の誕生日でもある。

私には、当初決まっていた別の名前があった。
出生届の締め切り日に、
その名を父が役所に届けたところ、
漢字一字が当用漢字になくて、
却下されてしまった。

そこで父は、かつて好きだった人の
名前を私につけることにした。
きっと、そんな人になって欲しいという願いも
込められての、人生最初のプレゼントだった。

父が好きだった人も、ご両親からそのプレゼントを
受け取り、健やかに育ち、周りの人に楽しい時間を
贈ってきた人なのだろう。

プレゼントは、贈り、贈られて、喜びが広がってゆく。
その景色や、プレゼントにかけられたリボンが
山吹茶色に輝くのが、クリスマス。

今年もその日が、とびきりの美しさに煌めきますように。

染めて、守って、引き継ぐ色。

山形の秋は、関東よりも早く進んでいて、
吹く風は、キリリと冷たかった。

代赭色(たいしゃいろ)は、
黄色みの強い赤褐色。
「代」は、赤土の名産地、中国代州の地名から、
「赭」は、赤いものを意味する。

朝早いバスで山形に着いて、
まず訪れたのは旧県庁舎である「文翔館」。
復原された大正の洋風建築だ。
じっくりと見て回り、帰ろうとしたところ
「ガイドはいりませんか? 」。
と、矍鑠としたボランティアガイドの紳士に声かけられた。

見せたいもの、知ってほしいことが
この建物の中にはいっぱいあります、とのこと。
その明るさに、ワクワクするものを感じて、
もう一度見て回ることにした。

まず、一旦外に出て、その地形から
山形の歴史、街づくりの経緯を熱く語られる。
ほんのりとお国言葉が聞き取れて、
この地に来た嬉しさがこみ上げる。

建物内に入り、
施された装飾の意味、
復原に当たっての苦労について聞く。
触ることがためらわれた、
古い変わり窓なども全て開けて、
つくりについて説明してもらった。

建物に使われている煉瓦、
室内の暖炉、寄木貼り、家具。
そして、窓の外の木々の葉も枯れて、
秋らしい代赭色にあふれていた。
暖房もついていないのに、
どこか暖かい。
まるで代赭色に染める鍋に
放り込まれた気分になっていた。

ある部屋に山形の川に浮かぶ船の絵が飾られていた。
それを見て、
川が街の発展にどれほど大切だったかという話と、
ガイドさんの子供時代の川遊びの話を聞いた。
とてもおおらかで、楽しい話だった。

それは、
この建物でかつて働いていた高等官たちと
市井に生きる人たちと、
共に同じ山形という地で生きた人たちの話。

一人で来ていたら見ることもなく、
知らずに帰っていたエピソードまで聞けて、
驚いたり感心したりのひとときだった。

ちょうどお昼になり、別の場所に行きます、
というと、地図を出して、観光案内よろしく
あちこちの見どころを教えてくれた。
お昼は、ここがとってもおいしいです、と
うまいもの情報も。

また来てね、と
見送ってくれた笑顔は、郷土愛にあふれていて、
とても爽やかに、旅する背中をポン! と
押された心持ちになった。

その街にずっと暮らし、その街を愛し、
来る人を歓迎し、見送ること。
それを続けていく。

どんな大きな建物も、時が経てば、
少しずつ傷み、朽ち、弱っていく。
だから、丁寧に手入れし、守り、愛していくこと。
それを続けていく。

続けていく人間だって、時が経つと
老いて、弱り、いつか消えていく。
だから、伝える、愛情を育む。
そうすることで建物、文化、郷土愛は、
受け継がれ、守られていくのだろう。

ガイドさんが教えてくれたのは、
山形の文化であり、ご自身の郷土愛であり、
続けていこうとする情熱なのかな…
そんな気がした。

たくさん笑った後、冷たい風の中でも
頬がホカホカと熱く、火照っていた。
きっと、代赭色に染められたのだろう。

ところで、帰りに聞いたおいしいもの情報。
勧められたお蕎麦屋さんで、
あぁ、おいしかった! と、
満足し、改めて箸の袋を見ると、
なんと、おそわった店ではなかった。

あらら。と、思ったが、もう満腹。
また、山形に来なくては、と思った。

会いたい本に、出会う色。

長年使われて、表面が滑らかになった木に触れると、
小学校の図書館を思い出す。
書架、貸出カウンター、図書カードの棚…。
どれも木の手触りが、優しくて、心地よかった。

礪茶(とのちゃ)色は、赤みがかった茶褐色。
“礪(との)”は、刃物を磨く、
目の粗い砥石のことをいう。

流れた月日に磨かれたような、
礪茶(とのちゃ)色あふれる図書室。
ぐるりと三方にある大きな窓からは、
中庭の緑が見えて、明るく、吹く風も心地よかった。

ただ、全学年の本を網羅するには
狭すぎる書架に、読みたい本はなかった。

私の読みたい本はどこにあるのだろう?

そんなことを考えながら、
本に囲まれた空間にいて、
すべすべとした木に触れながら、
ぼんやりするのが好きだった。

中学、高校の図書館は、
ガリ勉と思われたくなくて
ほとんど行くことがなかった。

当時の日記を読むと、
くよくよしたり、イライラしたり、
支えになる言葉が見つからない苦しさに満ちている。

大阪にある中之島図書館に行ったのは、
短大二年生のとき。
立派な建物に気圧されて、
オロオロしながら、閲覧室の席に着き、
ふと顔を上げた時、ドキッとした。

斜め向かいに座っているのは、
校内で時々見かける、四年制大学の同級生。
人目を引くほど美しい男の子だった。
話したこともなく、相手は私のことを
知っているはずもないのに、見つからないように
隠れるほど、ドキドキした。

重厚で歴史感じる立派な建物、家具、設備、
周りは皆、洗練された人たちに見え、
さらにその同級生まで現れて、
念願の中之島図書館デビューの日は
緊張のあまり何をどうしたのか覚えていない。

その後、何度かその図書館も通い、
落ち着いて調べ物もできるようになった。
同級生の美しい彼とも、その後、
話す機会に恵まれ、会釈しあう友達になれた。
感じもよく、眺めのいい人だったけれど、
親しくはならなかった。

たくさんの人と友達になった。
失恋もした。
気づけば、いつも手もとに本があった。
悩む心、悲しい気持ちに、
しっくりと寄り添ってくれる言葉が
本の中にあった。

我ながら、よく読んだと思う。
けれど、読んだはずでも、
すっかり忘れてしまった本もある。

出会っても、親しくなる人、
深く関わることなく通り過ぎる人が
いるように、
本の出会いにも濃淡がある。

難しかったり、長編であったりして、
挫折しそうになりながら
意地になって読んだのに、
全く内容を思い出せない本がある。
その記憶は、どこに行ってしまったのだろう。

遠い日の夢のように、もう思い出せない本も、
ものを考えたり、言葉を発している時に
ひらひらと現れたりして、
私の中の一部になっているのだろうか。

心の中で砥石となって、
私の中の粗い部分を磨き、削り、
まろやかにしてくれていたら嬉しい。

どんなに素晴らしい本を読んでも、
そのようには生きられないように、
主人公の言葉を、自分の言葉にはできない。

けれど、感動は伝えられる。
伝えようとする時、言葉は自分のものになり、
誰かの力になることも知った。

小さな図書館から始まった本との出会い。
大人になり、欲しい本は買えるようになった。
それでも、やはり図書館は、
行きたいところに変わりはない。
本屋ではもう買えない、
出会うべき本が棚の中で待っている気がするから。

私の読みたい本はどこにあるのだろう?

そう心でつぶやく時、ぐるりと窓に囲まれた
礪茶(とのちゃ)色の心地よい空間が胸に広がる。

今できる、最高を求めて。

焦香(こがれこう)色は、
穏やかで落ち着きのある上品な茶色。

香木を使って、何回も染め重ね、
焦げたような濃い香色である。

木の色が好きだ。
その匂いも、手触りも。
懐かしく、優しい気持ちにしてくれる。

今年も、テーブルウェアフェスティバルという
食器やテーブルを彩る品々を
展示販売するイベントに行ってきた。

広い東京ドームを
友達とあちこち
興味津々見て回った。

心惹かれるものは多く、
吟味して、迷って、
結局、買えずに帰ることが多いのだけれど。

今回、気になるお店を
見て回っていると、
Rちゃんが、あ! と
驚くように手に取ったものがあった。
── miyazono spoon。
すでにそのスプーンを持っている
彼女いわく「ものみな、おいしくなるスプーン」と。

それは、スプーンをこよなく愛する職人さんが
「こんなスプーンがあったらいいな」を追求して、
手作りされたもの。
最高の口当たりを考えて創られた、カタチ、
厚み、触り心地なのだという。

すでに買ったスプーンが10本くらい買えそうな値段。
迷いに迷ったけれど、
一度はこのスプーンを口に入れてみたい!
という好奇心にかられ、思い切って買った。

当たり前のことだが、
そのスプーンで食べることで
ものの味が変わるわけではない。

けれど、口に入れた時に
ちがう「何か」を感じる。

その薄さ、角度、木の感触。
工夫を重ねられた違いを
唇ではっきりと知ることができる。

スプーンが好きで、研究され尽くした果てに
たどり着いた愛着の美、なのかもしれない。

焦香(こがれこう)色も、何度も何度も染料につけて
たどり着いた色。

「焦がれる」想い。
一途に、強く、そうなりたい。
望みを実現したいと心から願う想い。
その想いの結集した一つのスプーンが、
焦香色であるというのも
偶然ではないような気もする。

自分の好きなもの、愛するものを
とことん追求する。
そこに至るまで、妥協せずに
磨き続ける。
そうしなければ、掘り当てられない
「特別な何か」は必ずある。

それは、飽き性で、面倒くさがりの
私の憧れであり、目指す境地でもある。
人生の後半戦、どこまでそれを
追求していけるだろうか。

先のことはわからない。
ただ、好きという気持ちを
喜びにし、励みにしながら、
没頭していくと、
「特別な何か」に
たどり着くことができると信じる。

迷った時は、この焦香色のスプーンで
美味しいものを食べてみよう。
「焦がれる」想いの秘密が
香るように、その秘密を
そっと教えてくれるかもしれない。

新しい色、毎日現る。

唐茶色(からちゃいろ)は、
浅い黄みを帯びた茶色。

「唐」には、
「舶来の」という意味の他に、
「新しい」「美しい」の意味もあるのだという。
つまり、唐茶色とは、
新しい茶色、美しい茶色のことなのだ。

カメラを買って、一年が経った。
あれもこれも勉強しようと、
買ったテキストは、まだ読めないまま、
ただ撮ることに夢中になって
月日が流れてしまった。

一年の終わりに猛省している。
来年こそは、と、もう来る年への
誓いと願いを始めたりしている。

まだ十二月になったばかりだというのに。

街にはあちこちにクリスマスツリーが
見られ、輝くツリーのオーナメントにも
唐茶色のものが見られる。
煌びやかな飾りは、
子供の頃の憧れ。

うちにクリスマスツリーなどなかったけれど、
秋に野山で遊ぶとは、
木の実を拾って帰ったものだった。

痩せた栗の実などを
糸を通して、リボンをつけて、
カバンの飾りにしていた。
ささやかなクリスマス気分だった。

飾りにもできなかった
痩せていびつな木の実は、
ケーキの飾りといっしょに
小さな小箱にしまった。
箱を開ければ、
いつまでもクリスマス気分を
味わうことができた。

年の暮れは、家業も忙しい時期でもあり、
特別に家族で何かパーティーらしき
お祝いをした記憶はない。

けれど、年末のざわざわとした雰囲気と、
キーンと冷えこむ空気、
ケーキのろうそくを消した時に漂う
甘い匂い、
ストーブの火のチロチロと消えそうな色。

時系列は、散らかったカードの
ようにバラバラになっているけれど、
どの記憶も褪せない大切な思い出だ。
一つ一つ異なり、
一瞬一瞬が、
現れては消えていくお茶の湯気のように
体と心をあたためてくれるものでもある。

同じクリスマスでも、
同じ思い出にならないように、
人生に同じ瞬間は、ない。

心惹かれるシーンに遭遇したのに、
あ、撮り逃した!
と思うたびに、カメラもそう教えてくれた。

去年撮った写真を見てみると、
どう撮ればいいのか、
撮ったものを、
どう画像処理したらいいのか、
わからない。
「けど、撮りたいのっ!」
という自分が垣間見えて、おかしくなる。

ただ夢中で、
いい瞬間を捉えたくて、
何枚同じ写真撮ってるんだ…
と我ながら呆れるほどに撮っては、
一枚ごとに喜んだり、落胆していた。

必死だったんだな、と
懐かしさに似た想いで
振り返る。

撮れば、どの瞬間も、
新しく、美しい。

呆れるほど大量の
今年撮った写真を見ながら、
一年後に、今より少しでも成長しているように願う。
そのために、またたくさんの
写真を撮ろう、撮りたいと思う。

新しい瞬間は、年末も新年も関係なく
もう始まっている。

匂い立つころを過ぎても。

滅赤(けしあか)色は、灰色がかった赤色。
「滅」は、色味を渋く抑えたトーンを表す。

あたりが輝くような華やかさ、艶やかさを表すとき、
「匂い立つ」という言葉が使われる。

「匂う」という言葉は、
もともと「赤い色が鮮やかに表われる」の意味をもち、
香りよりも色を表す言葉だったのだ。

そんな匂い立つような色から、
鮮やかさ、華やかさを取り去り、
渋みのある色にするとき、
和の色では、
この「滅」の字を当てている。

先日、学生時代からの友人と会った。
三年ぶりの再会。

ネット時代はありがたく、
何年会わなくても、互いの姿も日々のことも、
きちんと更新されている。
昨日会った友人のように話のつづきができるのも
不思議で、愉快なことである。

彼女は三年前よりも、さらに進化して
ジャズを歌うひとになっている。
歌う苦労も喜びも、
ひろがり、深くなっているようだった。

彼女の音楽への
愛の深さについて聴きながら、
学生時代のことを思い出していた。

二十歳前の年末だった。
彼女の下宿で
仲のいい友だち数人と
一晩中語り明かして
そのままこたつで眠ったのだった。

翌朝、バイトのため私は
早く起きなければならなかった。
静かに起きたつもりが、
彼女はもう起きていて、
ギターを静かに弾いて
近づくライブの練習をしていた。

ポロン、ポロンと
やさしい音とともに
「またね」と見送ってくれた。

数日後、彼女の部屋を訪ねると、
空っぽになっていた。
実家から通うことになり、
部屋を引き払った、とのことで
にぎやかだった空間には、もう何もなかった。

楽しい時間はそこにあったのに、
大好きなお友達は引っ越してしまった。
そんな置いてきぼりされた子どものような
気持ちで、部屋をながめていた。
ぽっかりと穴があいたような寂しさで。

ポロン、ポロン…
あの日聴こえたギターの音は、
時に寂しく思い出され、
今は、やさしく懐かしく思い出す。

あの音ひとつひとつを、彼女は大切に抱き、
離さなかったから、今、また歌うひとになったのだろう。

歌う彼女の口紅は、匂い立つ赤。

あの日、またね、と別れてから、
それぞれに色々なことがあった。

消してしまいたいことも、
消えて欲しくないことも、
両手に抱えて。
たくさん得ては手放して、
出会って、別れて、
いくつかの選択のなかで
残ったものを大切に握りしめて
今の私たちになったのだ。

匂い立つものは、
やがて褪せていくのだろう。
私たちも、学生時代のような
眩しい若さは失せている。

けれど、「とき」という風にふかれ、
若さゆえの乱暴さがゆっくりと研磨されて、
目には見えない香りや、
やさしい色の空気になって、
時に誰かを包んでいるのではないだろうか。

彼女とわたし。
それぞれに違う道にいるけれど、
別々の目指す道のなかで、
自分らしい色を、
歌にして、言葉にして、
より多くの人に届けられるように。

また会う時が、楽しみだ。