あこがれを淡く薄めて許す色。

半色(はしたいろ)は、
深い紫と、浅い紫の中間の色。
「半」というのが、中間の意味だという。

平安時代は、身分によって「位色」が
定められていて、
深紫や深紅のように濃い色は、
高貴な人にしか使うことが許されなかった。
それを禁色(きんじき)という。
その禁色に対して、
浅い色、薄い色などの中間色である
半色(はしたいろ)は、許し色(ゆるしいろ)として
位を問わず、使うことが認められていた。

使うことが許されない美しい色を
淡くしてでも身にまといたい…。
遠い昔の人にも色への憧れや好奇心があったようで、
今と変わらぬオシャレ心に、とても親近感を感じる。

現代では身分にかかわらず、自分の好みで色を選び、
どんな色も身につけることができる。

とはいえ、私が高校生の頃、
この半色(はしたいろ)のセーターと
黒のサテンの光沢あるボトムスを買ってきた時、
ひどく叱られたことがあった。
それほど派手でもなく、シックにまとめたつもりが
どうも両親の目には、色気付いて、はしたない
なんとも情けない娘に育ってしまった…
そう映ったらしい。

娘としての「禁色」を選んでしまったのだった。
両親にとって半色のセーターは、許し色にはならなかった。

なぜ、そんなに怒られたのだろう。

今、思うに、平安の昔でなくても、着るものは
それを身にまとう人の身分、とまでは言わなくても
その人の生き方を表わすことになるのかもしれない。
色やカタチはもちろん、着こなし方も
その人の品とか想いとか、どうありたいかを表現する。

両親には、両親なりの娘にどう生きてほしいか、
どう生きてほしくないか、を
洋服ひとつにも見ていたのかもしれない。

半色(はしたいろ)。
高貴さはそのままに、淡くやさしく、ひかえめな色。
もう何色を着ても、両親に怒られることはないけれど、
年相応に、出会う人に不快感をもたれないよう、
この色をわが身にあててみたい。