桜の、いろはにほへと。

 

いろはにほへと ちりぬるを──。
いろはかるたで遊んでいた子どもの頃には
知らなかったその意味。

「色はにほへど 散りぬるを」。
さまざまに解釈はあるらしいけれど、
「匂いたつような色の花も散ってしまう」
つまり、この世に不変なものなどない、ということらしい。

桜の散る頃は、その言葉に、特に切ない実感がある。
桜色は、ごく薄い紫味の紅色で、
染井吉野の誕生以前からある、山桜の色。
咲き方も散り方も鮮やかで、
毎春、心をざわつかせてくれる色だ。

今年もたくさんの桜を見た。
蕾は、春まだきの寒さに縮んでいるようで、
きりりと引き締まる想いになり、
満開の桜の下にいると、
ぬくもりに満ちていて、ほどけた想いになった。
桜色は、あたたかく、
やさしい空気も運んでくるのだと思う。

花吹雪の中を歩くと、
花道を歩いているような心持ちがする。

花道を通っていよいよ舞台へ。
さあ、朗らかで、嬉しい、春が来た。

 

はな色、なに色、はなだ色。

 

「はな」といえば、桜を思い出すのだけれど。
「はな色」とは「はなだ色」を短縮した名前で、
淡い藍色のことをさす。

はなだ色は、また別名「露草色」ともいう。
露草から出る藍色が、その昔、染めに用いられ、
その名で呼ばれていたのだとか。

さらにまた別の名を「月色」ともいう。

月は藍色ではないけれど、なぜ?
それは、染めに使われたことから
色が「つく」で、「つき色」、「月色」となったらしい。

野に咲く露草は、素朴でさりげなくて、
無邪気に摘んだ子どもの頃を思い出し、
見つけると、とても懐かしい気持ちになる。

そして、こんなに鮮やかな色をしているのに、
染めたあと、すぐに色がさめてしまうことから
移ろいやすい色(心)として、恋のうたにも詠まれている。

優しく、たよりなく、妖しげで。
まさに春のおぼろな月のよう。

はなと、つきと、はなだいろ。
ひとつの色なのに、はなだ色の空に月と桜の三色が
淡い春の景色となって、心に浮かぶ。